<東北の本棚>軍都の記憶が魔物生む

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失われた地図

『失われた地図』

著者
恩田 陸 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041053669
発売日
2017/02/10
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>軍都の記憶が魔物生む

[レビュアー] 河北新報

 「蜜蜂と遠雷」で直近の直木賞に輝いた著者の受賞後第1作は、爽やかな長編青春群像劇から一変、日本各地の旧軍都で生じる「裂け目」の封印に奔走する一族の幻想連作短編集だ。
 舞台となったのは東京の錦糸町と上野、六本木、そして川崎、大阪、広島県呉。それぞれが抱える軍都としての記憶が、ある瞬間、ある空間に「裂け目」を生み、そこからカーキ色の軍服を着た「グンカ」と称する魔物の群れがあふれ出す。迎え撃つのは特殊能力を持つ一族の出身である鮎観(あゆみ)と遼平の元夫婦、遼平のおいの浩平ら。裂け目を察知し、グンカと格闘し、裂け目を縫合するミッションをひそかに果たす。
 第5話の呉市は戦前、東洋一の軍港と日本一の海軍工廠(こうしょう)を擁し、史上最大の戦艦大和を極秘裏に建造した歴史を持つ。現在も海上自衛隊基地がある重要拠点だ。裂け目の出現を警戒する登場人物の解説が興味深い。
 「『グンカ』が大好きなのは、抑圧されたルサンチマン。抑圧された自己愛。常におのれの不遇の責任転嫁先を探す不満」であり、「(グンカは)意識下に充満してるそいつらに取り付く。そういう時代の空気、都市の空気に忍び込んで、馴染(なじ)んで、乗っ取る」。
 最大の好物が「ナショナリズム」だという。ファンタジーを装いつつも、きな臭さの漂う昨今の情勢が色濃く反映された物語集なのだ。
 鮎観と遼平には小学生の息子俊平がいるが、その存在ゆえに2人は別れざるを得なくなる。理由は最終第6話で克明に明かされる。2人が東京・六本木で目にした新たな裂け目は、ある種のリアリティーを帯びて日本の不穏な近未来を印象付ける。
 著者は1964年生まれ、仙台市出身。92年「六番目の小夜子」でデビュー。05年「夜のピクニック」で吉川英治文学新人賞、本屋大賞。07年「中庭の出来事」で山本周五郎賞。
 KADOKAWA(0570)002301=1512円。

河北新報
2017年5月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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