『ウは宇宙船のウ』
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【文庫双六】萩尾望都が描くブラッドベリ名作――梯久美子
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
映画『白鯨』の脚本を担当したのはレイ・ブラッドベリだった。そのきっかけになったのは「霧笛」という短篇で、この小説を読んだジョン・ヒューストンから電話があり、脚本を頼まれたという。
「霧笛」は、灯台が鳴らす霧笛の音を自分に呼びかける仲間の声だと思い、海岸を目指して泳いでくる恐竜の話である。仲間たちはとっくに死に絶えていたが、恐竜は百万年もの間、深海にひそみ、二度と戻ってこないものを待ち続けていたのだ。
ブラッドベリがこの物語の着想を得たのは、カリフォルニアの町ヴェニスの海岸だったという。妻と散歩していて、古ぼけたジェットコースターが砂地に崩れ、海の浸食を受けているのを見た彼は「おや、どうして恐竜がこんな海岸にいるんだろう」とつぶやいた。
次の日の夜、何かに呼ばれている気がして目を覚ますと、霧笛が聞こえてきた。彼ははね起きてこの短篇を書いたそうだ。エッセイ「酔っぱらい、自転車一台所持」に出てくる話である。
現代に生き残った恐竜が霧笛を仲間の声と間違えるというロマンティックな発想と、残酷な結末はいかにもブラッドベリらしい。
私が最初に「霧笛」を読んだのは、『週刊マーガレット』に掲載されていた萩尾望都による漫画化作品だった。一九七〇年代のことである。それをきっかけにブラッドベリのファンになり、以来、ほぼすべての作品を読んできた。
現在はコミック文庫の『ウは宇宙船のウ』に収録されている「霧笛」を改めて読むと、文章と絵が一体となって紙面から流れ出してくるようで、独特の陶酔に誘われる。風や波を描くとき、萩尾望都の絵柄はこの上ない魅力を発揮する。そこに置かれたブラッドベリの文章が、叙事詩のように読めてくるのだ。
ブラッドベリの原作を知っている人も、ぜひ萩尾版で読んでみてほしい。他に七篇が収録されているが、どれも本当に美しい。