『家康の遠き道』刊行記念 岩井三四二インタビュー「なぜ家康は神になろうとしたのか」

インタビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

家康の遠き道

『家康の遠き道』

著者
岩井, 三四二, 1958-
出版社
光文社
ISBN
9784334911669
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

『家康の遠き道』刊行記念 岩井三四二インタビュー「なぜ家康は神になろうとしたのか」


岩井三四二さん

――いままで、山岡荘八や隆慶一郎をはじめとして、多くの作家によってさまざまな〈家康像〉が描かれてきましたが、岩井さんは、この『家康の遠き道』で、それらとまったく違う、新しい家康像を打ち出されていますね。とても意欲的で、家康像の画期となる作品だと思います。伺いたいところもたくさんある作品です。よろしくお願いいたします。

 徳川家康については、岩井さんはこれまでの作品でもお書きになっていますね。戦国時代を舞台にすると、どうしても家康は何らかのかたちで物語に関わってくる、と思いますが、作品の中心テーマになっているものとして『あるじは家康』では、家康に仕えた側から書いていらっしゃるし、『三成の不思議なる条々』でも家康はいわば陰の主役のひとりといってもよいですよね。本作は『三成』のあとの時代を、家康を中心に、主人公に据えて書いていらっしゃる。本作の家康像というのは、いつごろから持っていたのですか?

岩井 参考文献にもあげているのですが、『サイコパス 秘められた能力』という本を読んだ時に、これは戦国武将、なかんずく家康そのものだ、と思ったんです。この本の中のサイコパスについての解説をあてはめると、家康がたぬき親爺といわれたり、英雄だといわれたりする二面性がくっきり理解できるんです。つまり家康こそサイコパスそのものだ、と思いまして。

「抜群の知力と体力を持っていて、恐れを知らず、時に手段を選ばずに、平気で嘘もつき、果敢に目的を成し遂げる者」という意味でのサイコパスとしての家康像は、誰も書いていないところだと思います。

――家康=サイコパスというのは、本当に新しい観点ですね。

岩井 家康については、もともとはいわゆる一般的なステレオタイプのイメージに近いものしかなかったのですが、これまでに作品を書くために調べてきたもの、自分の中で積み上げてきたものが出来てきて、それがこの『サイコパス』という本を読んで一気にかたまったという感じですね。

――戦国時代に天下を取った織田信長、豊臣秀吉、家康の三人の武将については、有名な「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」の信長、「鳴かせてみせよう」の秀吉、「鳴くまで待とう」の家康、というイメージがどうしても強いですが、それに対する異議という意味合いがあるようにも感じたのですが?

岩井 あの「鳴くまで待とう」の家康は、たまたまそうなった、のだと思います。結果としていちばん長生きして最後に出てきたのが家康なので、忍耐強いようなイメージに見えるだけで、実際にやっていることは信長や秀吉とあまりかわらないですから。それについでにいうと、信長も秀吉も、家康と同様、サイコパスであったと思います。

――この作品では冒頭から、家康は、自分はなんでも出来る自覚はある、つまりサイコパスということですね、けれど、さまざまな手段を尽くして闘い取った天下を、自分が死んだあとにどう守り保つのか、子孫はどうなるのか、その悩みが語られますね。「守成」の難しさ。そこにも新しさがありますね。

岩井 実際、作中に出てくる『貞観政要(じようがんせいよう)』という書物は家康の愛読書とされているんです。唐の太宗が帝国の維持発展の手段や考え方を家臣たちと語ったこの書物を読んでいる、ということは、当然家康のあたまに「守成」のことがあったのだろう、と思うんです。そこに目をつけた作品も、たぶんこれまでなかったのではないか、と思います。

――いままで、岩井さんは作品の中で、視点人物は歴史の中心にいる人物ではないことが多かったように思うのですが、今回、まさに歴史のど真ん中の家康が中心的な視点人物になっていますね。その理由はどの辺りにあったのでしょうか。

岩井 ひとつは、これまで『光秀曜変』で明智光秀を、『三成の不思議なる条々』で石田三成を書いてきて、ちょっと違うかたちにしたかったんです。

 また、今回は作者が説明に出てくる書き方でないと書き切れない内容だ、と思ったんです。となるとどうしても三人称になってきて、やはり主人公である家康の視点がもっとも書きやすかったというのがあります。

――作者が説明に出て来ざるをえない、とお考えになったのは?

岩井 家康の特質を考える時に、晩年に一番それが出ていると思ったんです。関ヶ原から大坂の陣、そして家康が死ぬまでのこの時期は、小説としてあまり書かれていない。そしてこの時期はキリシタンの禁教や貿易といった海外関係が重要な要素になっていて、それはそれまでになかった特色になっていることに気づいたんです。そのあたりの説明は、作者が出てきて解説をしないと、なかなか書けないと。

――この作品をお書きになるのに、ご苦労されたところは?

岩井 やはり家康の人間像を、「サイコパスだからこういうことをやったんだな」というエピソードを史実の中から取り出して描写するところですかね。家康ですから史料はどっさりあるんです。

――資料の読み込みでは定評のある岩井さんですから、相当膨大な資料に当たられたんでしょうね。

岩井 家康については本当に細かいところまで記録が残されているんです。一番まとまっているのが徳川実紀なんですが、それの元になっている當代記とか駿府記という記録があって、それらはほとんど日記なんです。慶長十年くらいから死ぬまでの時期は、何月何日にどこへ行って何をした、というところまでありますから。

 ありあまるくらいあるので、そこからどのエピソードをとるのか、というのは結構迷いました。

光文社 小説宝石
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク