『家康の遠き道』刊行記念 岩井三四二インタビュー「なぜ家康は神になろうとしたのか」

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家康の遠き道

『家康の遠き道』

著者
岩井三四二 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911669
発売日
2017/05/16
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『家康の遠き道』刊行記念 岩井三四二インタビュー「なぜ家康は神になろうとしたのか」


「家康は家族を自分の一部であると考えていたと思うんです」

――この作品では、エピソードもたくさん取り上げられていますが、その中に登場する人物も膨大で、主要な登場人物だけでもかなりの数になる。家康が本当にいろいろなところに関わっていることがそのことからも浮かび上がりますね。

 作中で、最も策謀家である本多上野介が、駿府町奉行が自分の家来について、キリシタンだ、と調べあげたことを知ったときに、奉行が自分でやったことではなく、家康の指示だ、と思い至って愕然とするところなど、家康がいろいろなところに関わっていることをよくあらわすエピソードですね。あの上野介の背筋を凍らせる家康の恐ろしさにはうならされました。

 この膨大な登場人物たちの中で、書いていらして一番楽しかったのは誰ですか?

岩井 楽しかったのは、スペイン人のビスカイノですね。何となくスペイン人らしい、というか(笑)。

――なるほど。せっかく金銀島を探しに日本に来たのに、結局すべて裏目裏目で何しにきたのかわからない男(笑)。

岩井 走ってから考える典型的なタイプ(笑)。

――家康が天海、崇伝、梵舜などの僧侶を重用しているところも書いていらっしゃいますね。僧侶たちは、家康が「神になる」ことにもそれぞれ重要な役割を持っていますが、その中では誰を最も興味深いとお考えですか?

岩井 やはり天海ですかね。ひとつは学識があって、なおかつ実務というか、実際の政治的な力もある。ある種のスーパーマンのようで、単純にその能力に憧れますね。

――いまの日本にもほしいですね(笑)。

 一番お書きになりにくかったのはどの人物ですか?

岩井 秀忠ですかね。どう扱ったらいいのか、いまひとつわからない。家康死後の秀忠を見ていると、すごくしっかりしているんです。でも家康の生前は、父に従う一方で、どうも心の中がみえてこない。

 本当はもっとしっかりした人物だろうと思いつつ、なかなか出番をつくれなかったですね。

――家康は、たとえば、大久保忠隣のような長年の忠臣でも、自分の目的を遂げるためには冷酷に罠にかけて切ってしまうことができる。まさにサイコパスですね。

 でも、歳を取ってからの孫のような子どもたちには溺愛することしか出来ない。期待を裏切りつづける息子の忠輝に対してはどう振る舞っていいのか、わからないし、かといって簡単に切り捨てることも出来ずに、そこで初めて家康の葛藤が見えてきますね。

岩井 家康は家族を自分の一部であると考えていたと思うんです。だけど、実際は独立した人間ですから、自分の一部になってくれないところもあって、そこに迷いというか葛藤があったんだろうな、と。それは忠輝に対して、一番出てくる。

――そうすると、先ほどおっしゃっていた秀忠が、ある意味でいちばん「正しい家康とのつきあい方」をしていたのかもしれないですね。

 岩井さんから、この作品の読みどころをあげていただくと?

岩井 時代の流れの中での家康、というところでいうと、家康の海外に対する態度、というか向き合い方ですね。決して鎖国をしようとしていたわけではなくて、どんどん貿易をしようとしていた。ひらかれた態度、といいますかね。それとそれによって、海外が日本にどういう進出の仕方をしようとしていたのか、というところは、特に一六〇〇年代のはじめの頃については小説に書かれていないと思うので、そこはひとつポイントかな、と。

 あと、先ほども触れましたが、家康の家族に対する態度ですね。家康は合戦の大将としての描かれ方が多いものですから、家庭の中の家康の姿も描かれてこなかったテーマだと思います。

 そして、冒頭でも触れたいちばんメインのテーマ、なぜ家康は神になろうとしたのか、というところです。

――それはキリシタンの禁制のことが前半部分でかなり丁寧に書かれていることと物語の中で関わり合う部分があるのでしょうか。

岩井 キリシタンとか一向宗を見ていて、宗教の強力さは十分わかっていたと思いますから、それを利用できないかという方向に行ったんだろうな、ということはありますね。

 神になることを選んだ、日本最大のサイコパスの物語です。

撮影 近藤陽介

光文社 小説宝石
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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