『猫の傀儡』
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ニャンとの思い出――『猫の傀儡』著者新刊エッセイ 西條奈加
[レビュアー] 西條奈加(作家)
十年くらい前まで、実家で黒い猫を飼っていた。名前はニャンという。せいぜい年に一度しか里帰りしない私には、いたって素っ気ない態度だったが、それでも思い出はある。ニャンがまだ、三歳くらいのときだ。正月に帰省した私は、弟の部屋でゲームに勤しんでいた。なにせ二十ウン年前の話だ。忘れもしない、ゲーム機は昔懐かしスーパーファミコンで、ソフトはドラゴンクエストだった。
ひとりで熱中していたものだから、侵入者の存在にすら気づかなかった。黒い猫は、足音も立てずに右からやってきて、私の前を通り過ぎていった……わざわざゲーム機の上を通り、リセットボタンを踏んで……。
この手のエピソードは、猫あるあるとしてはあまりにも有名だが、決してフィクションではないから恐ろしい。ただ、あえて擁護するなら、スーパーファミコンのリセットボタンは、形といい大きさといい、まるで押してくださいと言わんばかりに、猫の前足にはぴったりのサイズ感だった。
プツン、と画面が暗転した瞬間、たぶん大声で叫んだのだと思う。ニャンはびくりとして、そろりとこちらに顔を向けた。たっぷり三秒ほどのあいだ、私たちは見つめ合った。そしてニャンはまたそろりと首を戻し、ゲーム機をまたいで左手へと抜けていった。
あのときの黒い顔と萌黄色の目は、ちょっと忘れられない。
決して謝っているわけではなく、「え、なに? 何かした?」と問いかけられているような、そんな気がした。
ニャンは十九歳という大往生を遂げて旅立ってしまったが、本作を執筆しながら、やはりあのときの何とも言えない表情をたびたび思い出した。
たぶん『猫の傀儡』を手にとってくださる読者も、猫好きに違いない。頁を繰りながら、それぞれの思い出の中にいる猫の姿が一瞬でも現れてくれたら、とても嬉しい。