「早稲田塾」創始者が教える、世界のエリートの目のつけどころと考え方

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「早稲田塾」創始者が教える、世界のエリートの目のつけどころと考え方

[レビュアー] 印南敦史

世界のエリートが実践している 目のつけどころ ものの考え方』(相川秀希著、キノブックス)の著者は、大学2年生だった1979年に「早稲田塾」を設立した人物です。

早稲田塾といえば、一般的な塾とは異なるアプローチを実践してきたことで有名。もっとも重視していたのは、世界の最前線で活躍する各分野の第一人者と協働し、次世代の育成環境をつくることだったといいますが、十分に納得できる話です。

大切なことは、世界的な人物たちの生き方に触発されて、自らの生き方を変えていくということです。

世界で活躍する人には、その人をその役につかせるだけの理由があり、それを若者が、感じ取り、学び取っていくのです。簡単にいえば、世界的なエリートたちの「いったい何がすごいのか?」ということを、肌でつかんでいくわけです。(「はじめに」より)

そう主張する著者はこれまで、さまざまなフィールドで活躍する超一流の人々と「教育」というフィールドにおいて仕事をしてきたのだそうです。そして。そんな経験を軸として、「世界のエリートたちの共通点」を掘り下げたのが本書だというわけです。

第2章「何事も楽しむ余裕のある人がやっている8のこと」から、いくつかを抜き出してみたいと思います。

他人の評価は気にしない

日本の学生や社会人は、誰かに評価してもらうことを待っていて、同時にそれを怖がっているところがあると著者は分析しています。「相手からどう思われているのか?」を過度に気にしているということ。

その結果、大学も、就職も、まわりからの評価を見て決めているようなところがあるということ。「自己評価」より「他者評価」を気にしているわけですが、しかしこれからは「まわりの人からの評価」を気にする生き方はやめましょうと提案しています。

というのも、世界のエリートは、他人の目などたいして気にしていないものだから。彼らは、他の誰でもない「自分自身の人生」を切り開こうという意識を常に持っているということです。

就職にしてもそうで、彼らが目指しているのは「就職」ではなく、自ら職業をつくり出す「創職」。シリコンバレーに起業家が多いのも、仕事が自分自身の人生を切り開くためのひとつの手段だからだといいます。誰かに決められた枠に収まろうとするのではなく、自分が新しい「仕事の形」をつくり出していくという発想。たしかにそうすれば、見聞きしたものはすべてが自分にとっての栄養になるはずです。

ご存知の方も多いと思いますが、アメリカ・デューク大学のキャシー・デビッドソン教授は2011年に、「2011年度に小学校に入学した子どもの65%は、いまは存在していない職業に就くだろう」としています。同じく、彼らが働きはじめるころには、約半分の職業が起業によって生まれるという予測もあります。

つまり2027年には、いまある職業の半分以上はなくなり、自分で仕事をつくり出す「創職」が主流になるということ。だからこそ、もう会社に自分を当てはめようとするのはやめましょうと著者は記しています。

「自分はなにをしたいのか?」に重点を置き、「他人から評価される人生」ではなく、「自分が納得する人生」「自分ならではの人生を選び取りましょう。それこそが、世界のエリートが行っている考え方です。(57ページより)

他者を気にしすぎず、まわりの空気を読みすぎることなく、もっと「自分本位」の生き方をしたほうがいいのかもしれません。

「鳥の目」を持とう

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という一文でおなじみの、川端康成の名作『雪国』。この文章を、川端も高く評価した日本学者のエドワード・ジョージ・サイデンステッカーは次のように翻訳したそうです。

The train came out of the long tunnel into the snow country.

(直訳:汽車は長いトンネルを抜け、雪国に入った)

(59ページより)

日本語による原文は、主人公が実際に汽車に乗っている状態を描写しています。自分が乗っている汽車がトンネルに入り、それを出ると目の前が開けて、いきなり雪国が目に入ったという感覚。

しかし英語のほうは、上から見ている描写になっています。鳥のように空を飛びながら「鳥の目」で俯瞰し、「ああ、あの列車はトンネルを抜け、雪国のほうに向かっていったな」と感じているようなニュアンスになっているわけです。

つまり日本語の方は主観的であり、英語のほうは客観的。著者によれば日本文は「虫の目」であり、日本人は「虫の目」で見ることが非常に得意なのだそうです。一方、海外の人が得意とするのは「自分を俯瞰する」こと。これは、日本人が苦手とするところでもあるでしょう。

著者はこうした差を踏まえたうえで、これからは「虫の目」で見ることを大事にしつつも、「鳥の目」で見ることも意識してみるべきだとしています。ふたつの目を持つことによって視野はぐんと広がり、考えにも幅が生まれるはずだから。(58ページより)

「もうひとりの自分」に問いかけよう

「鳥の目」を持つということは、「メタ認知」するということでもあるそうです。「メタ認知」とは、なにかをしているとき、自分の頭のなかにいる「もうひとりの自分」が自分を監視し、コントロールするというイメージ。

そして、一流の役者さんは、この「メタ」が非常によく働いているといいます。例としてここで挙げられているのは、女優の故・高峰秀子さん。高峰さんはいつも「中二階から自分を見られる役者じゃなければ一流ではない」といい、これを心がけていたそうなのです。

中二階から自分を見つめるということは、まさに「メタ認知」をするということ。そして、「鳥の目」を持つということ。これらはいずれも、これからの私たちに必要な素質だと著者は主張しています。

演技は「フリ」ではなく、本来、自分自身の「日常」を出すもの。高峰さんをはじめとする一流の役者は、そのことを知っているわけです。演じることによって素の自分を隠せると思ったら大間違いで、むしろ、その人のありのままの姿が現れてしまうもの。だからこそ、人々を魅了し、感動させることができるわけです。

世阿弥はこれを「離見の見(りけんのけん)」という言葉で表しています。観客が見ている役者の演技は「客観的に第三者から見える自分の姿」。だから、自分の姿を客席にいる観客の目で見ることが大事。そして、自分の見る目が観客の見る目と

一致することが大切である、と言うものです。(63ページより)

なんらかの手段によって「もうひとりの自分」、つまり自分の心の「本音」を引き出すのはとても大切だということです。(61ページより)

スタンフォード大学D. Schoolに学ぶ「5つのプロセス」

著者は以前、スタンフォード大学のD. Schoolを創設したバーナード・ロス氏と仕事をしたことがあるそうです。ご存知の方も多いと思いますが、D Schoolとは、分野を超えて学生や教職員が集まり、デザイン思考を学びながら「イノベーションを生む力」を育む世界屈指のラボ。その先端性は、世界中のデザイナーや有名企業から、大きく注目されています。

そして著者はロス氏から、「問題解決のためのデザイン思考には、5つの大切なプロセスがある」と教えられたことがあるというのです。それは、次の5つ。

1. Empathy(共感:課題の対象に感情移入する)

2. Define(定義:問題を定義する)

3. Ideate(観念化:アイデアをたくさん出す)

4. Prototype(可視化:試作品をつくる)

5. Test(試験:テストし、フィードバックを得る)

(84ページより)

D. Schoolでは常にこの5つのプロセスに基づき、新しいデザインを生み出したり、目の前の問題を解決したりするということ。

楽しそうに議論しながら問題解決をしていく現場の様子は、著者を大きく刺激したようです。頭のなかにアイデアが浮かんだとき、そのアイデアを頭のなかに抱え込んでしまう人がいますが、彼らはまったく違うのだとか。浮かんだアイデアは、次の瞬間、まず試作品として目に見える形に変えるというのです。

その様子に感動していた著者に対して、ロス氏はこう教えてくれたそうです。

このD Schoolでは、年齢や立場を超えて、タメ口で話しができる環境をつくっている。壁のない対等な関係のなかにこそ、新しい発見、発明が生まれるんだ」(86ページより)

こういったプロセスやチームのつくり方は、モノづくりだけではなく、あらゆる問題解決の場面にも応用できると著者はいいます。だから、なにかを考える際には、この5つのアプローチを思い出してみるべきだとも。(83ページより)

本書は、決して難解な内容ではありません。それどころか、著者が伝えようとしているのは「当たり前のこと」だともいえます。しかし、その「当たり前」をきちんと理解できていれば、土壇場に強くなり、想定外のことにも柔軟に対応でき、なにが起きても動揺しなくてすむというわけです。すなわちそれが、生きていくうえで重要なことなのでしょう。

メディアジーン lifehacker
2017年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

メディアジーン

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