自分らしく生きることは罪か甘露か『BUTTER』柚木麻子

レビュー

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BUTTER

『BUTTER』

著者
柚木, 麻子
出版社
新潮社
ISBN
9784103355328
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

自分らしく生きることは罪か甘露か『BUTTER』柚木麻子

[レビュアー] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)

 週刊誌記者の里佳は、常に十全でない自分にある種の焦燥感を覚えていた。そんな自分と真逆の存在が、婚活殺人の容疑者として東京拘置所に収監されているカジマナこと梶井真奈子だった。美人不美人という基準以前に、太っていて悪目立ちするような容姿とセンス。にも拘わらず、男たちを次々と欺して貢がせていた。過剰なほどに自己評価が高く、法廷でも自分の肉体の特別感を主張。対価を受け取るのは当然だという理論を悪びれることなく展開する。欲望と自己愛のモンスターに、世間はおののき、非難した。

 言わずと知れた死刑囚・木嶋佳苗の事件が下敷きになっているが、そうしたノンフィクションノベル的な先入観は持たない方がいい。本書の到達点はまるで別のところにある。

 里佳は、カジマナから話を聞けば、事件の真相に迫れると同時に、彼女の「自分は自分」という絶対的な自信の在りかを知って、自分の生きにくさを変える手がかりになるのではないかと面会を申し込む。最初はけんもほろろだったカジマナだが、「美食について語り合うのなら」という条件で、承諾した。カジマナの言葉に耳を傾けるうちに、欲望に忠実で自己愛を隠さない彼女の生き方に、里佳のみならず、思いがけない人物までが感化されていく。

 男の弱音は許さず、女が欲望をむき出しにして生きることにも厳しい現代の空気は、女にも男にも息苦しい。そんな中で、里佳が〈自家受粉して咲き乱れる植物〉と喩えたほど、自らの欲望のためだけに人生を捧げたカジマナ。だが、里佳はカジマナの美食生活をなぞり、料理教室にまで通ううちに、大切なのは〈自分のためのレシピ〉だと気づく。それは料理も生き方も自分にとって心地いいものを求めようというエールに思えた。

光文社 小説宝石
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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