『ヒルビリー・エレジー』 J・D・ヴァンス著

レビュー

5
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ヒルビリー・エレジー

『ヒルビリー・エレジー』

著者
J・D・ヴァンス [著]/関根光宏 [訳]/山田文 [訳]
出版社
光文社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784334039790
発売日
2017/03/14
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ヒルビリー・エレジー』 J・D・ヴァンス著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

米社会の分断映し出す

 著者のJ・D・ヴァンスは、オハイオ州の白人労働者の家庭に生まれた企業経営者だ。「ヒルビリー」とは「田舎者」の意で、中西部の白人貧困層を指す言葉の一つ。スコッツ=アイリッシュの家系の彼は、「ラストベルト(錆(さ)びついた工業地帯)」とも呼ばれる地域の出身者でありながら、海兵隊からイェール大学に進学、現代のアメリカンドリームとも言える成功を収めたという。中西部の白人の貧困層といえば、トランプ大統領の強力な支持者とされた人々。本書は昨年6月のアメリカでの出版直後から徐々に版を重ね、トランプ当選の現実味が増すに連れて都市部で一気に読者を広げると、今年の4月までに100万部を突破したそうだ。いわば“もう一つのアメリカ”の姿を描いた回想録として、本書自体がアメリカの分断を映し出す社会現象になった、ということだろう。

 著者の生い立ちは、愛情深い祖父母の庇護(ひご)がなければ、どんな酷いことにもなり得たと思わせるものだ。幼い頃から周囲に暴力が溢(あふ)れ、薬物依存症の母親は次々に新しい父親をつくる。地域は機会の損失に喘(あえ)ぎ、貧困は次世代に受け継がれ、ときには逃げた先に追いかけてさえくるのだから。なるほど、ここに描かれる希望の空白に、トランプの言葉がどう投げかけられたかを想像しながら読むと、アメリカの「いま」の片鱗(へんりん)を確かに感じ取れるかもしれない。

 ただ、本書の魅力はそれ以上に、ラストベルトにおける人々の窮状や思いが、ときに胸を強く揺さぶられるほど感情豊かな筆致で照らし出されるところにあると思う。故郷や家族から逃げたいと願い、一方でそれでも双方を強く愛する――そんな彼らの社会・政治に対するアンビバレントな感情と構造的な問題を、著者はあくまでも三世代の家族の物語として紡ぐのである。ゆえに本書はアメリカ社会の一面を鮮烈に伝え得る、ノンフィクションならではの力を持ったのだと感じた。関根光宏、山田文訳。

 ◇J.D.VANCE=投資会社社長。海兵隊でイラクに派兵され、除隊後、イェール大学ロースクールを卒業。

 光文社 1800円

読売新聞
2017年5月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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