東京五輪のあった1964年、それは大変化の前夜だった

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感性文化論

『感性文化論』

著者
渡辺 裕 [著]
出版社
春秋社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784393333525
発売日
2017/04/25
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

東京五輪のあった1964年、それは大変化の前夜だった

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 NHK朝ドラ『ひよっこ』の物語は1964(昭和39)年秋から始まった。ヒロインの高校生・谷田部みね子(有村架純)たちは、東京オリンピックの聖火リレーが自分たちの村を通らないことを知り、自前の聖火リレーを実行しようと奔走する。

 この「手作り聖火リレー」、なんと実話である。茨城県北部の村での出来事をドラマが取り込んだのだ。当時、オリンピックの開催は国民的慶事だった。国際社会復帰の証しというだけでなく、新幹線や高速道路などのインフラ整備は成長する日本の象徴でもあった。しかもそれは東京だけでなく、地方に暮らす人たちにも様々な影響を与えていった。

 そんな東京オリンピックのあった64年という時期を、68年から70年代にかけて起こる「文化の大きな変化」の“前夜”として位置付けようというのが本書だ。聴覚文化論と音楽社会史を専門とする著者は、東京オリンピックの「実況中継」と市川崑監督の公式記録映画『東京オリンピック』に着目する。

 その分析によれば、「実況中継」の文言はまるで一編の物語やドラマのストーリーのごとく構成されていた。映像が主軸であるテレビ中継のアナウンスとは異なっており、むしろラジオ中継に近い。この時期はテレビ時代の始まりというより、戦前から続いたラジオ時代の終わりだったのだ。また映画『東京オリンピック』について、著者は映像における「記録」と「フィクション」の関係を探り、テレビという新興勢力との差異化を指摘する。「記録」という概念の捉え方が変わり始める、やはり“前夜”の作品だったのだ。

 本書では69年に登場した、新宿西口地下広場「フォークゲリラ」の軌跡も検証している。政治の「感性化」「イメージ化」という現在につながる現象として興味深い。時代は一挙に変わるのではなく、地下水脈のような歴史の流れと共に動く。そのことを再認識させる力作評論である。

新潮社 週刊新潮
2017年6月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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