壮大なスケールの文明論/苅部直『「維新革命」への道 「文明」を求めた十九世紀日本』

レビュー

4
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「維新革命」への道

『「維新革命」への道』

著者
苅部 直 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784106038037
発売日
2017/05/26
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

壮大なスケールの文明論

[レビュアー] 細谷雄一(慶應義塾大学教授)

 なんという著作であろうか。本書は、「文明」という言葉を軸として、時間と空間を越えたスケール大きな知的な冒険へとわれわれを誘ってくれる。読者は本書を読むことで、心地よい知的驚きを得ると同時に、目の前に広大な地平が開け、二一世紀の世界を生きる上での「諸文明の衝突」を回避するための重要な示唆を得ることであろう。

 苅部直東京大学教授は、現代の日本でもっとも想像力溢れ、もっとも独創的な思考を提示してくれる政治思想史研究者だ。しかもそれを平易な文章と卓越したレトリックやアナロジーを用いることで、ほかにはない魅力溢れる文章に昇華させている。政治思想史という学問領域が持つ内在的な魅力と威力を、雄弁に語ることができる数少ない日本人研究者である。そして私は何を隠そう、長年苅部氏の著作のファンである。

 その苅部氏の著作の中でも、今回の著作はそのスケールの大きさと思索の奥行きの深さにおいて、前例がない。著者は、従来の一般的な明治維新論を解体し、この時代を生きた思想家や知識人、そして市井の人々の言葉を巧みに紡ぎあわせることで、新鮮な日本産の文明論を提唱する。いわば、かつて福沢諭吉が書いた文明論の著作に匹敵する壮大な視野を持つ『新・文明論之概略』を作りあげてしまった。

 これまでの世界における主要な文明論は、トインビーやブローデル、そしてハンチントンのように、世界が多くの異なる文明に分化していることを前提に多元主義を強調する複数形の文明論と、『文明論之概略』を書いた福沢諭吉や『文明』を書いたニーアル・ファーガソンのように、より普遍主義を強調するいわば単数形の文明論とに分かれている。他方、苅部氏は、ウォルツァーが述べるところの、世界で共有可能な「ミニマルな道徳」に注目して、多元主義と普遍主義の融合の可能性を論じている。というのも、世界は「諸文明の衝突」が不可避であるような、敵意と対立に満ちた砂漠ではない。それでは、日本はこれまでどのように西洋の文明を受容し、またそれに反発し自らの文明を発達させたのか。

 著者はここで、普遍主義的な性質を持つ文明をあえて〈文明〉と表記をする。日本は、自らが独自に育んできた文化や伝統を擁護しながらも、江戸時代から明治時代へと長い時間をかけて普遍的な〈文明〉を、日本の内側で育んできたのだという。だからこそ、日本は西洋の文明を受容できたのだ。著者はこれを、イギリスの批評家レイモンド・ウィリアムズの言葉を借りて、「ロング・リヴォルーション」と呼ぶ。すなわち、「日本文明の価値意識のなかにある〈文明〉の価値に即して、よきものであったからこそ、『文明開化』の新着品は歓迎され、日本社会に定着することになった」のである。

 そのような普遍的な〈文明〉を暗示するメタファーとして、著者はこれまで「光」という言葉を用いてきた。苅部氏の最初の著作である『光の領国 和辻哲郎』(岩波現代文庫として、二〇一〇年に文庫化)では、若き日に和辻哲郎少年が衝撃を受けた電灯のイルミネーションについて、次のように書いている。「夜闇に煌々と輝くイルミネーションは、まさしく『文明』の象徴であった。人々はそれに続々と群がって、光を見つめ、照らされることを通じて『生きたる証拠』を実感していたのである。」

 このような電灯のイルミネーションは、光を受ける人を選ばない。宗教、民族、言語、国家に拘わらず、光は人々を照らすことができて、人々に生活をする上での利便をもたらす。和辻は、「イルミネーションはまったく驚異で、天国とはこれか、と思った」と回想した。和辻少年が「イルミネーション」に魅了されたような好奇心や喜びは、ハンチントンが諸文明の間に引いた境界線を越えて、多くの人に喜びをもたらすものではないか。著者は、そこに希望を見いだす。

 壮大な文明論を論じることを背景としながら、同時に著者は数多くの魅力的な思想家を舞台に登場させて、生き生きとその言葉を紡ぎあわせる。あわせて、「維新」や「勢」、「経済」など、当時用いられた多くの言葉を、その起源までさかのぼって丁寧にその意味を掘り下げる。本書を読むことで、われわれは民俗博物館を訪れたときのように、この時代の人々の暮らし、思索、活動の歴史をより鮮明に知ることができる。一冊の著書の中で、多様なエッセンスが詰まっている。著者の力量に脱帽するしかない。

新潮社 波
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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