『地蔵千年、花百年』 柴田翔著

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地蔵千年、花百年

『地蔵千年、花百年』

著者
柴田翔 [著]
出版社
鳥影社
ISBN
9784862656063
発売日
2017/04/04
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『地蔵千年、花百年』 柴田翔著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

生者と死者、無限の交感

 少年期に終戦を迎えた主人公は、激動の戦後社会を生き、妻を始めとする多くの人々の死に立ち会う。身近な人々との別離を描いていくその筆致は、透明感があって何ともせつなく美しい。男は七〇代になって人生の総括を開始するのだが、それまで異なる引き出しにあったはずの記憶が次々に照応し、透明の絵の具によってもう一つの人生が上塗りされていく……。

 主人公の人生はいたって平凡なのだが、ただ一つ、若き日に七〇年安保の革命家に声をかけられ、南米の某国で数年間を過ごすという特異な体験を持っていた。実はそれが老年期に意想外の広がりを見せ、あっと驚くような結末が用意されているのだが、ここで内容を明かすのは控えておこう。それはまさに驚くべき偶然なのだけれども、読んでいて何の不思議もなく、予定されていたことのようにすら見えてしまう。人生に真面目に向き合い、身辺の整理をはかろうとするとき、実はこのようなことは誰にでも起こりうることなのだ――そう納得させてしまう手腕がこの作の最大の見せ所なのである。

 亡き人々の記憶を糧に生きた自分もやがてこの世に別れを告げる。その自分もまた、身近な人々の記憶の中に生き続けることだろう。さらにその記憶すら消え去った後も、宇宙はなお循環を繰り返していくにちがいない。生者と死者の交わすこうした無限の交感こそが歴史や文化を形作っていくのだ、というのが本作の根幹をなす思想である。その意味でもこれは単に老年を主題にした小説なのではない。二〇代は二〇代なりに、三〇代は三〇代なりに人生に処する覚悟を持っている。ああ、ここに確かに一個の人生がある、ある一人の人間の「生」に深く立ち会うことができた――すぐれた小説に共通するこうした感動を、本書もまた確実に我々に与えてくれることだろう。

 著者にとって芥川賞受賞作から半世紀を過ぎ、三十年ぶりの長編。渾身(こんしん)の力作である。

◇しばた・しょう=1935年東京生まれ。『されどわれらが日々――』で芥川賞。他に『贈る言葉』『鳥の影』。

 鳥影社 1800円

読売新聞
2017年5月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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