『ポスト多文化主義教育が描く宗教』 藤原聖子著

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『ポスト多文化主義教育が描く宗教』 藤原聖子著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

英国社会の模索と課題

 「宗教」という言葉を聞くだけで敬遠する人もいる。だが、忘れてはならない。初詣に行くことも、クリスマスを祝うことも、盆踊りや墓参りも、「無宗教です」と言うことすら、宗教への関わりなのだ。日本ではこの意識が希薄なまま、オウム事件の後も宗教についての取り組みが社会で素通りされている。

 対照的に、EU離脱やテロ事件に揺れるイギリスでは長らく学校で宗教教育が義務化されており、現在も中学の必修科目となっている。では、イスラームなど諸宗教の対立や文化摩擦が国内で激化してきたのはなぜか。それを宗教教育の変遷から解明するのが本書である。

 実際に学校で使われてきた教科書の記述から浮かび上がる教育の姿は、時に生々しい。1980年代から90年代に展開された異文化理解型の教育は、多様な宗教を学んで他者を理解するという健全な方向であったが、結果として宗教ごとのアイデンティティを強化し、分断を生み出してしまう。2000年代に導入された問題志向型教育は、宗教の社会的役割を重視しながら問題を討論して社会活動に生かそうとする。「共同体の結束」を打ち出し、市民性育成に宗教が活用される。だが、そこで生じたのは弱者への共感の減少であり、宗教ゆえに各人の行動はかくあるべしという態度であった。著者は近年問題となっている宗教の原理主義化について、イギリスではこの教育方針の変遷に一因があるのではと考える。

 個人の生き方の拠(よ)り所(どころ)、救済であり、共に生きる社会を作るはずの宗教が、教育を通じてそれまで曖昧だった自己意識の明確化を迫られ、社会内の対立をうむ。教科書から窺(うかが)われるイギリスの宗教教育には見習うべき点が多いだけに、宗教をあえて問わない日本の教育がかえって平穏無事に見えてしまうのは皮肉であろうか。宗教をどう教えるかという模索から、現代の世界が抱える問題が見えてくる。

 ◇ふじわら・さとこ=1963年生まれ。東京大教授(比較宗教学)。著書に『教科書の中の宗教』など。

 岩波書店 4500円

読売新聞
2017年5月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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