いきなり文庫化の衝撃 一気読みさせる感動作
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
本誌五月十八日号の書評欄で、香山二三郎氏が評していた松岡圭祐『黄砂の籠城(上下)』(講談社文庫)を一読。出版不況下での文庫戦争も、いよいよ熾烈化してきたという感を強くした。
というのも、義和団事件を扱ったこの歴史大作、従来なら単行本で刊行されてもおかしくないはずのものを、いきなり文庫でぶつけてきたからだ。
今回、私が扱う池井戸潤の『アキラとあきら』も文庫封切り版である。
但し、松岡作品が書下ろしであるのに対し、こちらは「問題小説」の二〇〇六年十二月号から二〇〇九年四月号にかけて連載された――ということは直木賞受賞作『下町ロケット』(講談社文庫)より前――ものの、なぜか、埋もれたままになっていた、ファン垂涎の幻の作品。
こちらも、本来なら充分単行本でいけるところを、前述の如くいきなり、文庫での刊行。大部の七〇〇ページ超えである。
それに加えて、帯には“最速ドラマ化!!”の字が躍り、向井理と斎藤工のW主演で七月九日からWOWOWにて放送とある。何ともたくましき商魂。メディアミックスもここに極まれりといったところだ。
で、肝心の内容だが、そこは池井戸潤、大部の一巻を読者に体力の消耗を強いることなく一気読みさせ、感動の淵に到着させる手並はさすが。
少年期に父の経営していた零細工場が倒産、苦汁をなめた山崎瑛と、大手海運会社の御曹司、階堂彬がさまざまなゆくたてを経て同じ銀行に就職。
二人の運命がどこで交差するのかと思いきや、作者は、両者がその年のピカ一の新入社員であることを示したまま、読者を焦らしに焦らす。
そして、彬がある事情から父の海運会社を継ぎ、人生最大の試練に立ち向かうとき、瑛は、はなれわざの如き稟議を―。
本書のテーマは、人はどこまで人を救えるかであり、脇筋のロザリオの挿話にも思わずホロリ。
人生と真剣に向き合う感動の一巻といえよう。