『銃、鉄、病原菌』のネタ本のひとつ『疫病と世界史』を山形浩生は実に刺戟的な本だと思う

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『銃、鉄、病原菌』のネタ本のひとつ『疫病と世界史』を山形浩生は実に刺戟的な本だと思う

[レビュアー] 山形浩生(評論家・翻訳家・開発援助コンサルタント)

山形浩生
山形浩生

 いま、家が引っ越し中で本を箱詰めしてしまい、最近の本が手元にあまりない。だからちょっと古い本を扱わせてもらう。マクニール『疫病と世界史』(中公文庫)だ。
 開発援助の仕事で途上国にでかけることが多いのだけれど、その多くは熱帯にある。あれやこれやとインフラ作りを手伝ったり制度構築を支援したりしても、どの国もなかなか経済発展してくれず、苛立つことも多くて、そんなときに各国の援助関係者が集まるとつい、グチが出てしまう。この国は、年中果物もそこらじゅうにあって、あくせく働かなくていいんだろうねー、だから頑張ろうとかいう発想がないし、我々がこんな援助しても無駄かもしれないよなー、という具合だ。
 さて、もちろんぼくたちだって本気でこんなことを信じているわけじゃない。でもその一方で、これは完全にウソでもない。寒いところと熱帯を比べれば、もちろん食物は熱帯のほうが豊富だ。年中作物がとれれば、計画的に農しなくてすむ。だったら……。
 なぜみんな、熱帯で暮らそうとしないの? わざわざ寒冷地に住みたがるのはなぜ? 人類の大半が熱帯に住んでいてもいいのでは?
 この『疫病と世界史』は、まさにそれに答えてくれる。それは、かつては熱帯地域はすさまじい病気と寄生虫の巣窟でもあったからだ。人類は、食料豊富だけれど病気や寄生虫でバタバタ死ぬ熱帯にいくか、食料は少なめで寒いけど健康でいられる寒帯と、その中間くらいの温帯で選択を迫られたのだ。
 そして文明が発達してからも、病気はすさまじい影響を与えた。スペイン人どもがアメリカに侵攻したときは、天然痘が現地人を一掃した。現代では、一万人に一人死ぬような病気でも天下の一大事だ。でも昔は、ペストやコレラや天然痘が広まれば、住民の半分か下手すれば全部が死ぬのも日常茶飯事だった。そして世界のあらゆる場所で、かつて原因不明だった病気は神意と同一視された。ぴんぴんしているスペイン人と、バタバタ病気で死ぬ現地人という図式になったとき、それは人々の思想にも大きな影響を与えた。神はスペイン人たちを選んでおり、神意はかれらの方にある、と思うのは当然だった。西洋文明の猛威は、このせいも大きかった!
 同じような話を、ダイアモンド『銃、鉄、病原菌』で読んだ人も多いだろう。そしてあの本は、病原菌と家畜やその他の文化を結びつけて、さらに全体を地理的に根拠づけるというなかなかおもしろい(が、かなりいい加減との批判もある)試みをしていた。本書はダイアモンドの大きなネタ本の一つでもある。そして対象を限ることでダイアモンドよりも堅実ながら、一方で病気を単なる身体的な現象としてだけでなく、精神的な影響まで見ることでさらに大胆な部分もある。むろんいま、医学の発達により病気が世界文明に与える影響は大きく減った……のだろうか? 本書は病気が今ぼくたちの文明をも左右しかねない可能性まで示唆する、古いながら実に刺戟的な本なのだ。

太田出版 ケトル
Vol.36 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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