文月悠光は 『百合のリアル 増補版』を読んで 自分らしさを伝える素直さを見る
[レビュアー] 文月悠光(詩人)
「詩を書くときに、インスピレーションを与えてくれる『ミューズ』のような存在はいますか?」
先日あるトークイベントに出演した際、こんな質問を受けた。どうだろう。思い浮かぶのは、男性の表現者を魅惑する美しいミューズたち。けれどそれは女性じゃなくてもいいし、人間でなくたって構わない。風の感触や星の瞬きなど、自然の姿も詩にたくさんのヒントをくれる。
去年出した新詩集『わたしたちの猫』は、〈恋にまつわる詩を集めた一冊〉と謳いつつ、季節の変化や、女友達のことも綴っている。「魅力的な他者を通して、自分と向き合うこと=恋」と捉えれば、対象を「異性」や「人間」に限定する必要は感じない。「恋」とは、抑えきれない熱情だけでなく、空気のように寄り添うものでもあるはずだ。百人いれば百通りの恋がある。
牧村朝子著『百合のリアル』の〈増補版〉が電子書籍として刊行された。「レズビアン」を名乗る著者は、一三年にフランス人女性と結婚。本書は、カテゴライズの息苦しさから自由になり、真に他者を理解するための一冊だ。
まずは会話形式で、LGBTの基礎知識や歴史、最新の用語を教えてくれる。たとえば、「異性が恋愛対象だが、今後もし同性と恋愛関係が始まっても抵抗はない」という〈ヘテロフレキシブル〉、また「LGBTにかかわらず、誰もが性的指向や、性自認で不利益を被ってはならない」ことを示す用語〈SOGI〉について、私は本書で初めて知った。国内外における同性愛者の結婚事情、制度の情報も詳しく掲載されている。紹介される歴史的知識の多くは、LGBTに限らず、あらゆる差別や、マイノリティの持つ背景と重なってくる。
知識から生き方へ話を深めていくのが、「まきむぅからの手紙」と題されたコラムの章。ここでは、〈十歳で女の子に初恋をし、それが良くないことだと思い込み、その記憶を封じるように男性との恋愛を重ねてきた〉という自身の過去を振り返る。中でも大きな課題は〈家族へのカミングアウト〉だ。
〈カミングアウト〉という言葉に身構える人もいるだろう。だが、その経緯は「自分自身を肯定し、受け入れていくプロセス」に他ならない。〈カミングアウトを済ませなければならなかった相手は、他でもない自分自身でした〉という告白は深く刺さる。
さらに、他者ないし自分自身に対して〈決めつけるのではなく感じること、判(わか)ろうとするのではなく解(わか)ろうとすることをやめないでください〉と述べる。他者を理解するために、「なぜですか?」と批判の声にも果敢に問いかける。その強さに胸打たれた。
〈自分らしさ〉とは何か。著者はこう語りかける。〈人と同じになりたい、と思わないことです。人と違う個性的な自分でいたい、とも思わず、自分の好きなものやしたいことを素直に選ぶことです〉。
属性や肩書きによって、選択を縛られてたまるものか。惹かれるものに手を伸ばせばいい。私が詩集を通して伝えたかったことも、そのような「素直さ」だったようだ。