『偽装死で別の人生を生きる』 エリザベス・グリーンウッド著

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偽装死で別の人生を生きる

『偽装死で別の人生を生きる』

著者
エリザベス・グリーンウッド [著]/赤根 洋子 [訳]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784163906508
発売日
2017/05/15
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『偽装死で別の人生を生きる』 エリザベス・グリーンウッド著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

体験者ら取材、自らも…

 二〇〇八年のリーマンショックのすぐ後、ニューヨークのベトナム料理屋の一角で、無職になったばかりのある若い女性が、十万ドル(一生分の利息を足すと実は五十万ドル)の学資ローンをいったいどうやって返済したらいいのかとこぼしていると、男友達がこう言った。

 「死んだことにする、という手もあるよね?」

 この一言を天啓と思った彼女は、帰宅後に猛然と検索をかける。キーワードは「死亡偽装」。すると、ネット世界にはこの偽装行為をめぐるコミュニティがあって、(自称)専門家によるノウハウが開陳され、様々なアドバイスが交換されていた。これらの情報はどこまで信頼できるのか。彼女は真剣に調べ始める。これが本書の発端で、こぼしていた若い女性が著者である。

 我が国の事情はいかにと「死亡偽装」で検索してみると、上位にはヤフー知恵袋のQ&Aと、「死んだふりで借金がチャラ?」というNAVERのまとめが表示された。ミステリ作家は昔から人物の成りすましや入れ替えトリックのバリエーションを多々編み出してきたのだが、昨今は便利になったというか、むしろ書きにくくなったというか。ちなみに私が昔この偽装トリックを書いたとき、いちばん難物だったのが運転免許関連なのだが、それは未(いま)だに現実のなかでも同様であるらしく、著者は偽装死後は「車は捨ててしまおう」と勧めている。

 著者が自身の偽装死を成功させるため、その実体験者たちや失踪請負人、その種の偽装を摘発する人々までも追っかけて取材し尽くし、偽の死亡証明書を得るべく某国に渡るまでの経緯は、リアル版の異世界ファンタジー冒険譚(たん)さながらである。若く未熟だが勇敢な主人公が現世の苦難からの解放を求めて異界を彷徨(さまよ)い、良い怪物や悪い魔法使いや存在するはずのないゴーストに出会って深い洞察という宝物を得て帰還する、二一世紀の「往(い)きて還(かえ)りし物語」だ。赤根洋子訳。

 ◇Elizabeth Greenwood=ニューヨークの小学校教師を経て、コロンビア大学助教。作文法を教えている。

 文芸春秋 1800円

読売新聞
2017年6月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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