『黒海の歴史』 チャールズ・キング著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

黒海の歴史

『黒海の歴史』

著者
チャールズ・キング [著]/前田 弘毅 [監修、編集]/居阪 僚子 [訳]/浜田 華練 [訳]/仲田 公輔 [訳]/岩永 尚子 [訳]/保苅 俊行 [訳]/三上 陽一 [訳]
出版社
明石書店
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784750344744
発売日
2017/04/20
価格
5,184円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『黒海の歴史』 チャールズ・キング著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

知られざる要衝の変遷

 「地中海世界」や「環太平洋諸国」と聞けばそれなりのイメージが浮かぶだろう。ところが世界政治の要衝であるにもかかわらず「黒海」はそうではない。黒海経済協力機構(12か国、BSEC)を知っている人がどれだけいるだろう。本書は知られざる黒海の歴史を概説した力作である。

 黒海という呼び名が定着したのはオスマン朝の初期。黒海には欧州で2番目から4番目に大きい川(ドナウ、ドニエプル、ドン。最大はヴォルガ)が注いでいるが昔の黒海は湖だった。7500年ほど前、地中海の海水が流れ込み黒海は海となった。原黒海周辺の居住地は根こそぎ水没しシュメールの洪水伝説の由来となった可能性がある。黒海に最初に乗り出したのはアルゴー船の伝説が物語るようにギリシア人で、単一の商業ネットワークを形成していた。その後ペルシアとローマの勢力がこの地域に進出した。ビザンツ帝国の1000年間、黒海北方にはハザール、ルーシ、ブルガール、テュルクなどの諸民族が襲来、その最後にパクス・モンゴリカの時代が来る。黒海は東方からの草原の道の終着点でイタリア商人が交易に活躍したが、カッファ(クリミア)発ジェノヴァ行の船(1347年)がペストを運んだことはつとに有名である。その後オスマン朝が約300年間黒海を支配する。やがてロシアが勃興し「北のクレオパトラ」エカチェリーナ大帝がクリミアを併合、両者の角逐が始まる。オスマン朝の富と安全保障の源泉であった黒海は、戦略上の重荷に転化していった。オスマン朝の衰退を危惧したヨーロッパ諸国が黒海に進出しロシアと戦火を交えたのがクリミア戦争である。

 大戦後、1991年にソ連が崩壊、力の空白が生まれて黒海周辺ではアブハジアなどで様々な紛争が生じた。プーチンのクリミア併合は黒海の覇権を再度求めたものであろう。黒海を世界に開かれた海とするのか否か、ロシアやトルコの動静とあわせて目が離せない。前田弘毅監訳。

 ◇Charles King=ジョージタウン大外交政策学部・国際関係論・統治学教授。政治学博士(オックスフォード大)。

 明石書店 4800円

読売新聞
2017年6月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加