忍者研究の夜明け 曖昧だったものが虚実とも鮮明に

レビュー

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忍者の誕生

『忍者の誕生』

著者
吉丸, 雄哉山田, 雄司, 1967-
出版社
勉誠出版
ISBN
9784585221517
価格
3,960円(税込)

書籍情報:openBD

忍者研究の夜明け 曖昧だったものが虚実とも鮮明に

[レビュアー] 多田容子(作家)

 忍者をテーマとした本書の大きな特徴をまず二点あげたい。一つは中国、韓国の研究者と連携した国際的著作であること。もう一つは、史実とフィクションの二本柱が、同等に立てられていること。
 『忍者の誕生』というタイトルは、日本に実在してきた「忍び」が、いかにして世界の人気者「忍者」へと変容、発展してきたか。これを解き明かす本、という意味だろう。
 本書は、学術的な深みに富むが、かなり読みやすい。各項が短く分けられ、十七人にのぼる執筆者が、実に多くの切り口を見せてくれるからだ。
 兵法書、忍術書の大要から、日本人の精神論、江戸時代の忍びの教え、歌舞伎などでの忍術使い、妖術遣いの演出、「忍」の字の意味の日中比較、近現代の忍術研究家の仕事ぶり、朝鮮を舞台として描かれた忍者とその背景、くノ一の虚と実、立川文庫の詳しい解説と読者層の分析、「NARUTO――ナルト」の現代性、無国籍性と、その中に散りばめられた日本らしさ、「梟の城」「忍びの者」などの小説と、昭和忍者ブームの特徴、等々……。
 小説、漫画、アニメなどに関しては、古典からの影響や、物語の流れ、登場人物の心理まで、丁寧に書かれており、一日一項読むだけでも満足感があると思う。
 「忍び」の歴史については、シビアな研究が見え、怪しい論は怪しいと指摘し、作り話は作り話と述べている。しかし、「忍者」は、まさに作り話や、尾ひれのついた噂話や、各時代の作家達の自由なイマジネーションによって育まれ、今日のような魅力的な形を成したのだから、創作は創作として肯定し、徹底的に研究する。この取り組みが面白い。
 結果として、忍者好きの我々が長い間もっていたイメージが、ほとんどフィクションであったことに気づかされる。例えば、昭和の頃には、よく「江戸時代は平和な世の中で、忍者は職を失い、いなくなった」などといわれていた。ところが、実はむしろ江戸時代にこそ、多くの忍術書が成立し、忍術の体系や倫理が完成したのであった。
 また、忍びの者というと、過度に暗く、残酷な印象がつきまとっていたが、これも近現代の人々による思い込みではないかと感じた。忍者が孤独というのも、小説等による演出だろう。忍びは広い人間関係のネットワークをもたなければ、実際には仕事ができない。
 しかし、フィクションが誇大化、極端化するほど、実態に迫りたいという意欲も高まる。史料の発見、掘り下げを行なう歴史家、忍術を科学的に検証しようとする研究家、過酷な修行に身を投じる実践家、忍術を現代に応用、活用しようと試みる人物。そうした様々なパワーが融合し、世の中を巡って、また新しい「忍者」が生まれる。この動きを、本書は具体的に、そして詳しく教えてくれた。
 忍者や忍術が、大学などで公式な学問の対象となったのは、かなり最近のことである。以降、歴史的、科学的、文化的な研究が急速に進んでいる。江戸時代ごろから現代に至るまで、数百年かけて広まってきた「忍び」への誤解が、今、解けつつあり、同時に、フィクションの世界でも、また忍者ブームが到来したようだ。
 本書を読み終えた時、これまで曖昧だった忍者というものが、ついに虚実とも、鮮明に世に晒されたという感慨が湧いた。「忍者研究の夜明け」が、ここにはある。

週刊読書人
2017年5月26日(第3191号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

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