象徴天皇制への重い問いかけ

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象徴天皇制への重い問いかけ

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 近代日本が地球儀上にぽっかりと浮かび、拡大と収縮の活動をする姿が鳥瞰図として見えてくる。そんな鮮やかな歴史書である。西洋のインパクトに応えて生存するしかなかった日本の実像を、政党政治、資本主義、植民地帝国、天皇制の四つの視角から捉えている。まさに碩学の生涯の研究を凝集した一冊である。

 著者の三谷太一郎は東大名誉教授、日韓歴史共同研究の日本側座長、文化勲章受章者である。学統では南原繁、岡義武、丸山眞男の系譜に連なる「象牙の塔」の人である。この一年、三谷を俄然「時の人」にしたのは、〇六年から一五年まで宮内庁参与をつとめたことによる。天皇の「相談役」といえるその地位は、「学者としては小泉信三、団藤重光両先生に続く三人目であり、三谷先生に対する関係者の信頼の深さを示す事実です」(北岡伸一)。

 昨夏、「生前退位」をめぐる「お言葉」が発されると、その「義解(ぎげ)」者としての役割を果したのは「官」の三谷と「民」の保阪正康の両氏だった。言葉少ない天皇メッセージから我々がその意図をあれこれと忖度(そんたく)する際に、最も頼りになるのは、陛下の肉声(玉音)を親しく聞いている両氏の「模範答案」だったからだ。

 三谷は本書では、十九世紀英国のウォルター・バジョットを参照しながら議論を進めてゆく。バジョットといえば明治以来、代表作『英国の国家構造』が論じられてきた。卓抜な君主論を含む代表作ではなく、あえて『自然学と政治学』という別の本を提示する。自然科学からの影響を受けたバジョットの「近代」概念は、「自由」に基づく政治、「議論による統治」である。

 慣習が支配する前近代が近代へと変革される促進要因は「議論による統治」だけではない。バジョットはさらに「貿易」と「植民地化」を「系概念」として強調する。東アジアで例外的に以上三つの「近代」を創出し、構築したのが日本という帝国の枠組であったとして、三谷は近代を捉える。その先で、本書の中心的主題が登場する。「日本近代にとって政治的枠組の問題であるのみならず、それ以上に精神的枠組の問題でもあった」天皇制である。

 明治憲法を起草した伊藤博文は、ヨーロッパにおいてキリスト教が果している役割を担い得るものを模索し、「我国にあって機軸とすべきは独り皇室あるのみ」という結論にいたる。「「神」の不在が天皇の神格化をもたらしたのです」と三谷は書いている。皇帝と天皇に対する彼我の意識の差を三谷は東京帝大法学部の歴代教授陣のエピソードで描いていく。民本主義の吉野作造の有名な論文、終戦時の東宮大夫(つまり今上天皇の教育責任者)穂積重遠の滞欧日記が引用される。穂積はドイツで、「新天皇陛下[大正天皇]は人望があるか」と聞かれて仰天し、「日本人はミカドを神視している」と答えて、相手に「ケゲンな顔」をされてしまったと日記に記していたのだ。

「神」となった天皇の過重な負担が近代史を捻じ曲げていったことは周知の通りだが、三谷は法学部の憲法学教授だった美濃部達吉の天皇機関説事件を天皇の「お言葉」という面から考察する。美濃部が機関説問題で攻撃された際の、決定的な論点は「教育勅語」の批判は自由かという点にあった(森友学園問題とは本書は無関係である。念のため)。天皇の「お言葉」である「勅語」には、大臣の副署があり、天皇は「無答責」となる。詔勅の内容を批判することは副署した大臣を批判することなのだから、批判は自由であるというのが美濃部の見解だった。しかし、例外的に副署がなかった勅語があった。教育勅語である。その点を美濃部は衝かれた。教育勅語という「お言葉」は、「天皇が国民に対して直接に自己の意思を表明するもの」、「社会に対する天皇の著作の公表」であって、したがって神聖不可侵の領域となったのだった。機関説事件と勅語の関係を記した上で、三谷は重い問いかけを記している。

「象徴天皇制は将来に向っていかにあるべきなのか、天皇は自らの意思を主権者である国民に対して直接に伝えることが可能なのか、可能であるとすれば、それはいかなる方法によるべきなのか。(略)今やそれは現天皇の直面する問題であるとともに、主権者である国民全体の問題でもあるのです」

 本書は全体に抑制された記述で一貫しているが、注意深く読むと、三谷が今まで「お言葉」について新聞、テレビ、雑誌で発言したトーンとは明らかに違う。「模範答案」を公表してきた自分の役割に懐疑が生じて、本書は書かれたのではないか。「あとがき」によれば、執筆の依頼は十四年前である。この本を「後世の読者にも読まれることを望みます」という一文も間接的な執筆意図を想像させる。昨秋に出版された『戦後民主主義をどう生きるか』(東大出版会)では、「戦後民主主義」の「終わりの始まりへの「哀歌」」という微妙な言い方をしている。NHKのスクープという不自然な「方法」ではじまり、あらかじめ「お言葉」の真意が、あたかも「大本営発表」であるかのように報道された。「自由」と「議論」なき、この一連の事態に直面すれば、宮内庁参与だった三谷が黙視できないと思っても不思議ではない。

 私は本書を未来への「弁明」の書と読んだが、それではまだ不十分ではないか。原敬や吉野作造の研究者ならば、この一連の「生前退位」の不透明な流れにつき、自身の考えを速やかに表明すべきである。それが誠実な歴史家に課せられた重大な責務ではないか。

新潮社 新潮45
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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