建造物の分析から歴史の真実を探る

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建築から見た日本古代史

『建築から見た日本古代史』

著者
武澤 秀一 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784480069566
発売日
2017/04/05
価格
1,320円(税込)

書籍情報:openBD

建造物の分析から歴史の真実を探る

[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)

『法隆寺の謎を解く』『伊勢神宮の謎を解く』『空海 塔のコスモロジー』など多くの著作をもつ著者は、これまでも建築家・建築史家として、築造物の分析から歴史の真実を探ろうとするユニークな試みを、一貫して続けてこられた。たしかに文献と考古遺物だけが歴史史料ではない。建築も、それが人間の造ったものである以上、同様の一級史料であるはずだ。なのに、そうした歴史記述が少ないのは、ひとえに歴史家に専門的な建築知識が乏しかったせいだろう。

 本書で扱われるのは、欽明王宮(磯城嶋金刺宮)で仏教公伝があった六世紀半ばから、七世紀末の持統即位、伊勢神宮初の式年遷宮、藤原京の建設までのおよそ一世紀半に及ぶ期間である。

 その一世紀半の間には、蘇我馬子による飛鳥寺建立など大胆な国家デザイン、厩戸(聖徳太子)による法隆寺、舒明による百済大寺建立、あるいは皇極による八角墳の開始、乙巳の変(大化の改新)、白村江の敗戦、壬申の乱……などもろもろの事件があって、やがて天皇制律令国家というその後の日本の骨格が、くっきりと形成されてくる重要な時期である。たとえば「アマテラス」「皇太子」「万世一系」など、今なおリアルな諸観念の成立……。そうした目に見えぬ時代精神の変化が、建造物の中に具体的な形となって現れているというのだ。

 薄暗い掘立て柱の王宮の中で、燦然と輝く金色の仏像。仏教公伝が巻頭に置かれたのは、ほかならぬ仏教の普遍思想(万人救済)が、それまでの豪族たちの古い氏族支配を打破し、新しい一君万民思想(律令制)を深いところで支えたと見るなら、いかにもふさわしい。飛鳥寺、法隆寺(焼失の前と後)、百済大寺などの伽藍配置の変化から見て取れる豪族と大王家との確執や権力移行の様子にも、思わずうなってしまう。

 本書は新書ながら四百ページをこす大冊で、取り上げられるテーマはじつに多彩。とてもすべてを紹介できないが、圧巻はなんといっても持統の「生前退位」による「万世一系」の確立と、それを可能にした多くの道具立ての周到な創出だろう。アマテラス神話、伊勢神宮の式年遷宮や神明造りの起源、藤原京の造営などなど。

 持統は、それまで多かった談合に基づく大王位の兄弟継承を断固退け、孫の珂瑠(かる)への譲位(一系継承)を、自らが皇祖神アマテラスになり、「天孫降臨」を望む神の意向として表明することで実現した。しかし万世一系だと以前のように代ごとに都を遷るわけにはゆかず、恒常的な都が必要となる。すなわち藤原京の建設である。ただし都が恒常化すると、生命の刷新力は衰える。代わりにその機能を託されたものこそ、アマテラスの住む伊勢神宮の式年遷宮だというのだ。

新潮社 新潮45
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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