首都圏に迫りくる医療崩壊の処方箋

レビュー

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首都圏に迫りくる医療崩壊の処方箋

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 もう昔の話だが、夜中に突然高熱を出して夜間救急病院に駆け込んだ。体温計の目盛りは三九・八度。立っているのもやっとだった。しかし当番医は、そんな私に血液検査、尿検査、X線検査をしてくるよう命じた。検査結果が出るまで待合室の長椅子で横になっていると、看護師がやってきて私の鼻に細長い綿棒のようなものを差し入れた。「インフルエンザの検査もしておきましょう」。さて、診断は――。「インフルエンザですね」。

 この手のことに堪え性のない私は、高熱にもめげず怒っていた。「なぜ最初にインフルエンザの検査をしなかったのか?」。体がつらいのに検査室をたらい回しされたうえ、検査連発で診療費も高額になってしまったのだから、当然だろう。この日以来、私は大病院不信だ。医療がサービス業だとしたら、こんな病院、潰れるに決まっている。

 日本の医療制度は、もう何年も前から曲がり角に来ている。年々膨らむ医療費はついに年間四〇兆円を超えた。このままでいいはずがない。いかんせん、医者が多すぎる。郊外の電柱や私鉄駅の看板には病院やクリニックの広告が並んでいる。どこも病院だらけ。過当競争を生き残るために無駄な検査で診療費をかさ上げする。だから医療費が膨れ上がって日本の財政は破綻寸前なのだと、私は思っていた。だが本書はそんな私の浅はかな思い込みをいとも簡単に打ち崩してしまった。なにしろ近い将来、首都圏に医師はいなくなる。もっと医者の数を増やさなければ病院は破綻するというのだ。

 著者の論点は簡潔明瞭である。一律公定価格の医療には競争原理が働かない。高コスト体質の都市部の病院は医師を確保できなくなる。二〇一四年の消費税増税分を患者に転嫁できずに経営難に陥り、ボーナスカットで凌いだ病院さえあったという事例には驚かされた。優秀な医師は高コスト体質で待遇の悪い東京の病院から地方に流出してしまう。かくして東京の病院は医師不足となり倒産する。

 こうした医療現場の現実を、著者は豊富なデータで読み解き、医療崩壊を防ぐためには医師を増やさなくてはならないと唱える。だが、競争相手を増やしたくない医師会は、医者が増えれば医療費も増えるという厚生労働省の主張(医師誘発需要説)に便乗する形でネガティブキャンペーンを展開しているという。だがこの説は欧米の研究で否定されていると著者は明かす。

 読んでいると、かつての原発反対派と賛成派の論争のような、歩み寄りのない“終わりなき論争”に似ているようにも思えてくるが、病院破綻の問題は我々国民の問題だ。私も昔の恨みを忘れて、公平な立場でこの問題を考えなくてはいけないなと痛感させられる説得力がある一冊だった。

新潮社 新潮45
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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