自殺、闘争、大地震 希有な詩魂に寄り添う

レビュー

6
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評伝 石牟礼道子

『評伝 石牟礼道子』

著者
米本 浩二 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103508212
発売日
2017/03/30
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

自殺、闘争、大地震 希有な詩魂に寄り添う

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 一九五〇年代半ば頃から、熊本県水俣市周辺に奇病が発生していた。胎児性水俣病の存在立証に貢献した医師の原田正純は、検診会場でしばしば見かける若い女性に気がついた。彼女は、患者の家を回る彼について行き、家には入らず、戸口で静かに立って、無言のままじっと見つめていた。この女性こそ後に、『苦海浄土』三部作を著すことになる石牟礼道子だった。

『苦海浄土 わが水俣病』は一九七〇年、第一回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれたが、彼女は、「水俣病患者を描いた作品で賞を受けるのが忍びない」と受賞を辞退している。本書は、水俣病を世に知らしめ、水銀汚染の張本人チッソへの抗議運動を領導した石牟礼道子の本格評伝。著者は一九六一年生まれの毎日新聞記者で、二〇一四年から作家へのインタビューを重ねてきた。書名の副題に「渚に立つひと」とあるのは、彼女が「前近代と近代、この世とあの世、自然と反自然、といった具合に、あらゆる相反するもののはざまに佇んでいる」からだと著者は書く。そして、「常に水俣病に収斂する読み方をしていれば、石牟礼文学の豊かな可能性の芽を摘むことになりかねない」と指摘する。石牟礼道子は、小学生時代は「万能の優等生」で、最初に読んだ小説が『大菩薩峠』。わずか十六歳で代用教員に採用される。十三歳で短歌を作るようになり、十八歳で最初の自殺未遂。その後も自殺未遂を繰り返すことになる。二十歳で結婚するが、一九五四年、歌友・志賀狂太の自殺に衝撃を受け、自らも自殺を考えるが、息子の存在が彼女をこの世に引き留めた。一九五八年に詩人・谷川雁、作家・森崎和江、作家・上野英信などが結成した『サークル村』に参加、ここで「聞き書き」の手法を習得し、後に『苦海浄土 わが水俣病』に結実する「水俣湾漁民のルポルタージュ 奇病」を書いた。一九六二年、三歳年下の渡辺京二との運命的な出会いがやってくる。渡辺は、一九七八年から二〇一三年までの約三五年間、道子のために料理を作り、買い出しや家の片付けを担当することになる。そして、女性史家・高群逸枝の著作との出会い。道子は高群の旧居「森の家」で『苦海浄土 わが水俣病』を書き進めた。彼女は、チッソ株主総会に出席する患者たちに白衣の巡礼姿を提案し、黒字に「怨」と染め抜いた吹き流しを発案した。道子にとって水俣病闘争は「人間存在が背負っている深い未知の中に降りてゆく」ものにほかならなかった、と著者は書く。二〇〇三年に、パーキンソン病と診断された彼女は、薬による幻覚に悩まされるようになる。さらに、熊本地震による追い打ち。石牟礼道子という希有な詩魂に寄り添う著者の「私の道子探求の旅はつづく。終着駅はなかろう」と言う言葉は深く響く。

新潮社 新潮45
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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