思いの数だけ町はある
[レビュアー] 図書新聞
表題だけ見て、なんだ、よくある町訪問の思い出話か、などと思うなかれ。たしかに本書に登場するのは、東京で言えば神保町、吉祥寺、江古田、あるいは観光地として有名な遠野や京都など、誰もが訪れたことのあるおなじみの町ばかりだ。しかし、同じ名前の、同じ町のはずなのに、未知の町の話を読んでいるような気持ちに襲われる。なぜか。それは町の光景や人々が細やかに描写されているだけでなく、その時その時の著者の感情や、個人的に見たテレビドラマや映画の記憶、さらに古典文学や近代作家の短歌の引用などが「町」に丁寧に組み込まれているからだ。そうだ、誰もが同じ光景を同じ思いで目にしているわけではない。読後には感性が研ぎ澄まされて、また違った町の顔を見出すことができるはずだ。(3・22刊、二七二頁・本体六八〇円・PHP文芸文庫)