[本の森 歴史・時代]『会津執権の栄誉』佐藤巖太郎
[レビュアー] 田口幹人(書店人)
また一人、歴史時代小説界に新星が現れた。
鎌倉幕府の有力御家人三浦氏の流れを汲む奥州の名門芦名家の衰退を描いた『会津執権の栄誉』(文藝春秋)は、佐藤巖太郎の単行本デビュー作だ。
本書は、芦名家の重臣・富田隆実、芦名家家中・桑原新次郎、会津の執権の異名を持つ芦名家家臣筆頭の金上盛備、金上盛備の家臣・白川芳正、歴史上名を残すことはない足軽兵・小源太、そして奥州統一を企てる伊達家当主・伊達政宗の六人の視点で、滅亡に向かう名家の最期を描き切った作品である。
『謀反』『報復』『忠誠』『憧憬』『慢心』『代償』という六つの心の動きを中心に、「なぜ四百年近く続いた名跡の芦名家は滅びたのか」を、伊達家との最期の戦いである摺上原の戦いに収斂してゆく形で物語が進む。
芦名家の男系が途絶えたことにより、佐竹家から当主を迎えることを発端とした譜代の家臣と新参家臣との主導権争いから生まれた軋轢(あつれき)の大きさと、揺れ動く芦名家に攻め入る伊達政宗のしたたかさを見事に浮き彫りにした。
さらに、福島県出身の著者だからこその立ち位置で描かれている箇所がちりばめられている。
「同情心から身代わりを申し出たのだ。そんな理由で人を庇って犠牲になる人間がこの世に存在することを……」
「いかに悲しくても、だが涙が流れたことはない。(中略)悲しみで涙は出ないが、耐えられない怒りを覚えた時、悔しさに人は泣く」
「奪われたから、奪い返す。それの何が悪い」
「幾代もの長き星霜を重ねて、家格を軸に、上下の別を区切って統(す)べる武家の仕組み」
いずれも足軽兵・小源太の視点で描かれた『退路の果ての橋』に記された言葉だ。
立場や境遇を越え、背中の疵で繋がる足軽兵と侍。別々の時を経て再び交わった時に感じた怒りと虚しさ。それでも信じた憧れという想い。この一編に込めた想いこそが本書の肝なのだろう。
様々な立場の人物が描かれているが、それぞれが同じく思い悩み、武士としての生きざまと誇りと覚悟を感じ取ってほしいし、それは戦国の世も今の世も変わりないのではないか? ということを伝えたかったのだろうと思う。
一方で、戊辰戦争という歴史の上に育った会津出身の著者が、芦名家には「滅びの美学」とは別の選択肢があったのではないかと訴えたかったのでは? とも思いながら読み終えたのは、深読みだろうか。『謀反』『報復』『忠誠』『憧憬』『慢心』『代償』という六つの心の動きに着目した裏に、著者のそんな狙いが隠されていたのではないだろうか。ぜひ読んで確かめていただきたい。