[本の森 SF・ファンタジー]『猫の傀儡(くぐつ)』西條奈加/『フェイスレス』黒井卓司

レビュー

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猫の傀儡

『猫の傀儡』

著者
西條奈加 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911652
発売日
2017/05/16
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

フェイスレス

『フェイスレス』

著者
黒井 卓司 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041055816
発売日
2017/06/01
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

[本の森 SF・ファンタジー]『猫の傀儡(くぐつ)』西條奈加/『フェイスレス』黒井卓司

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

猫飼いは自分のことをよく下僕だと言う。冗談だが、半ば本気でもある。彼らは愛らしい姿と自由奔放なふるまいで人間を魅了し、意のままに動かしてしまうから。西條奈加猫の傀儡(くぐつ)』(光文社)のように。人を遣い、人を操り、猫のために働かせる傀儡師を描いた物語だ。

 江戸の猫町で暮らす二歳のオス猫ミスジは、念願の傀儡師になったばかり。傀儡として選ばれた狂言作者の阿次郎とともに、百両の価値がある朝顔の鉢を壊した犯人、少女と一緒にいなくなった子猫の行方など、猫がからんだ事件の謎を解く。ミスジは特別な術を使うわけではなく、現実の猫が人間に見せるような行動によって、阿次郎に探偵役を担わせる。猫を助けることしか考えていないのに、真相を明らかにする過程で、人間の問題までも解決してしまうところが面白い。耳はいいが目は悪く、テリトリーは狭い猫が、猫らしく活躍する。猫の天敵であるカラスも生き生きとしていて憎めない。作者はそれぞれの動物に愛情をこめて、生態がわかる細部を盛り込み、厳しくも優しい世界を創っているのだ。

 とりわけよかったのは、ミスジがかつて世話になった爺さん猫の恩人を救う第三話「十市と赤」だ。年老いて獲物がとれなくなった猫のために毎日餌を運んでやっていた男が、無実の罪を着せられた。ミスジと阿次郎は真犯人をつきとめるが……。人と猫は言葉を用いてお互いの意思を伝えることはできないが、わかりあえなくても絆は生まれるということを教えてくれる。

 黒井卓司フェイスレス』(KADOKAWA)は、恐ろしいアリが出てくる長編だ。製薬会社でシロアリを研究している透は、有能な先輩・北岡の恋人である可奈恵に密かに想いを寄せている。ある日、透は同乗させてもらった北岡の車の不具合に気づくが、可奈恵を手に入れた彼に対する嫉妬心から黙っていた。結果、運転を交代した可奈恵が事故を起こし、北岡は死んでしまう。透は深く傷ついた可奈恵を支え、やがて彼女と結婚するが、九年後、事故と同時期に枝分かれした世界から、殺人アリを連れてもう一人の北岡がやってくる。

 まず二つの世界がチューブと呼ばれる空間でつながっていて、双方の世界の生き物が交配すると一世代で瞬間進化するという設定がユニーク。攻撃能力が異様に高いアリも、二世界間のハイブリッド生物なのだ。〈向こう側〉の北岡は何のために危険なアリを持ち込んだのか。北岡を追いかけてきたF(フェイスレス)と名乗る人物の正体は? 予測不可能な展開に次々とページをめくらずにはいられない。もう少し殺人アリに暴れてほしかった気もするが、〈人は一つの可能性を選択する度、別の可能性を生きるはずだった自分を殺しているんだ〉というFのセリフが深い余韻を残す。

新潮社 小説新潮
2017年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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