昆虫学者として生活するため 若者が選んだ“修羅の道”

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バッタを倒しにアフリカへ

『バッタを倒しにアフリカへ』

著者
前野ウルド浩太郎 [著]
出版社
光文社
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784334039899
発売日
2017/05/17
価格
1,012円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

昆虫学者として生活するため 若者が選んだ“修羅の道”

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 今の日本にまだこんながむしゃらな若者がいたのかと、痛快な気持ちになった。夢に向かって突き進む姿が実に清々しい。何よりその「夢」がいい。スポーツ選手や芸能人などではなく、“バッタ博士”として生きることが著者の念願なのだ。

 昆虫学者を志したきっかけは子供の頃読んだ『ファーブル昆虫記』。バッタに食べられたいと思うほどバッタを愛し、バッタアレルギーになるほど研究に勤しんだ。博士号を取得したまではいいが、そこでハタと困ってしまった。バッタを観察してもお金が稼げないという現実に直面してしまったのだ。バッタの被害がなくなった日本ではバッタ博士に就職先はないではないか!

 しかし、世界に目を向けると、まだバッタ被害に悩む国はある。しかもアフリカでのバッタ研究はあまり進んでいないことを知った瞬間から、著者の野心はアフリカに向かう。アフリカのバッタ問題を解決した成果をもって凱旋帰国すれば、日本の研究機関に就職する可能性もあるはずだ。そう決意した六年前、三一歳の著者はフィールドワークの経験もなく、語学も覚束ないまま、西アフリカのイスラム教国・モーリタニアに旅立った。本書は、そんなバッタ博士の科学冒険“就職”ノンフィクションである。

 モーリタニアでの研究生活は困難の連続である。寒暖差の激しい砂漠での研究は過酷を極める。昼は猛暑、夜は漆黒の闇。テントから数百メートル離れただけで遭難する可能性すらある。サソリに注意しなければならない上に、付近にはまだ地雷地帯や底なし沼もある。しかも、せっかくアフリカに来たにもかかわらず、大干ばつでバッタが現れない。少ない研究資金の中から、ドライバーや通訳、コックを雇い、フィールドに出る生活――。次々と襲ってくるこれらの苦難を知恵と工夫と根性で乗り切っていく姿を面白おかしく描いている。

 著者のがむしゃらな闘いが実を結び始めるのは、研究資金の援助がもらえる二年間の期限が終わり、無収入が確定してから。本を書き、ブログで発信し、イベントに出演して、手当たり次第に助成金の面接を受ける。するといろいろな人が手を差し伸べてくれ始める。アフリカでの研究が継続できるようになるまでは、よくできたドラマのようでもある。

 著者名の「ウルド」は、モーリタニアで最も尊敬されるミドルネームで、著者の熱意に打たれた現地研究所所長から賜ったもの。所長ではなくても感動を禁じえないひたむきで波乱万丈の物語は、読んでいてまったく飽きない。帰国当日にバッタを解剖していて大きな発見があったと著者は書くが、それはおそらく続編となって発表されるのだろう。読み終わった直後から私はその続編が読みたくてたまらない。

新潮社 新潮45
2017年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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