毒と切なさの短篇集『じごくゆきっ』桜庭一樹
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
2004年から2014年までの10年間に書かれた短篇を収録した桜庭一樹の『じごくゆきっ』。どの作品も荒唐無稽な設定のなかに毒と切なさ、そしてこの著者独特の少女性が織り込まれる。
ホラーアンソロジーに寄稿された「暴君」と「脂肪遊戯」には、田中紗沙羅という強烈な魅力を放つ少女が登場する。鳥取に暮らす主人公の親友で、とても美しく、「罪っぽい本」を朗読して聞かせる文学少女で、巨体の持ち主。だが、彼女が脂肪をまとうようになったのは、ある理由があった――。この二篇は著者の初期の代表作『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』と同じ世界の話だが、登場人物は異なる。共通するのは「ピンクの霧」。その不思議な霧に包まれた時、人は何か美しいものになり、その霧が身体から離れた時、人はある種の輝きを失う。
この霧が登場しなくても、どの短篇にもある限られた時期だけの輝きと、それを失う瞬間が描かれていると分かる。高校一年生の少女が放課後担任の女性教師に誘われる表題作は、なんとも冴えない逃避行が描かれるが、愚かしく純粋すぎる現実への倦怠と不安が悲しくきらめいていて、彼女たちにとっては間違いなく大切な旅だったのだと思わせる。転職先で年上の同僚と他愛もない会話を交わす幸福なひと時が意外な展開を迎える「ビザール」、かつてのアイドルが老いた今、少女の身体に接続させられる「A」、続かない記憶のなかで平穏を得る元妻を夫が見守る「ロボトミー」、父親が持ちかける無謀な縁組話に翻弄される娘とその顛末を描く「ゴッドレス」……。少女と元少女の人生の刹那的なきらめきと長い苦闘を甘やかに描き出し、いろいろな毒で読み手を痺れさせるのがこの作家だ。