盲目の調律師と新聞記者 オルターエゴ(分身)の物語

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囚われの島

『囚われの島』

著者
谷崎, 由依
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309025773
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

「異種婚」神話を下絵にオルターエゴ(分身)の物語

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 オルターエゴ(分身)の物語である。作品の下絵となるのは、世界中で語り継がれる「異種婚」。娘が馬と夫婦になって、養蚕神「オシラサマ」が生まれたという伝承やミノタウロスの神話……。ミノタウロスを斃(たお)したテセウスとアリアドネの物語の緩やかな本歌取りといってもいい。また、「置き去り」が重要なモチーフとなっている。

 新聞記者の「由良(ゆら)」は上司の「伊佐田(いさだ)」と不倫中に、美しい盲目の調律師「徳田俊(しゅん)」に恋をする。徳田は、化け物めいた醜い顔のせいで孤島に閉じこめられている夢を繰り返し見るという。まさにミノタウロス神話の変奏だ。由良の方はどこかの島に舟で辿りつけない夢をよく見る。ふたりとも幼少期に親に捨てられ(かけ)たと思しい。ふたりがある種、互いのオルターエゴ、一対の生き物という仄めかしは明らかだろう。

 徳田は失われた古代種に近い蚕を飼い、蚕の吐く「糸」が本作全体をつなぐ。由良の居場所を知らせる「鈴」の小さな音が全編に反響する。

 伊佐田は男社会を楯に由良を抑圧する小物だが、やがて由良は彼が象徴するような「父親的なものとの闘い」を始める。まさに父ミノスに反抗しテセウスを救ったアリアドネ。父性原理に基づく経済政策、国土開発などにより途絶した養蚕業の特集「父親のいない子どもたち」を企画するが……。

 第二部は、前世紀、蚕の原種を有し栄えた村へ。由良川河口の養蚕家の「まゆう」が、幼くして親に去られた友人「すずちゃん」の物語を紡ぐ。目の見えないミノタウロスがまた現れる。すずちゃんと由良の運命が次第に縒(よ)り合わされていく。蚕村が役目を終えると時代に置き去りにされていく。この第二部が、現代を描く第一部・第三部の「原種」となっている。

 第三部は、分身テーマ、神話の下絵、置き去りのモチーフが鮮やかに連結し、意外にして必然の最終章を織りなす。見事な一幅の織物となった。

新潮社 週刊新潮
2017年6月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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