並行世界が生んだ殺人アリ SFバイオサスペンス

レビュー

9
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フェイスレス

『フェイスレス』

著者
黒井 卓司 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041055816
発売日
2017/06/01
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

並行世界とバイオサスペンス 一気通読のSFエンタメ

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 去る6月13日、強毒を持つ外来種のヒアリ(火蟻)が日本で初めて確認――と大きく報じられたが、黒井卓司6年ぶりの第2長編は、それより遥かに獰猛で凶悪な殺人アリが主役。ただし、SF的にはパラレルワールドものの範疇に属する。

 2年半前、ネバダ核実験場第三エリアのクレーターに、もうひとつのアメリカに通じる通路(通称チューブ)が開いた。それを知った米国政府は、向こう側との情報交換および物理的接触をはかる施設“サードドア”を極秘裏に建設し、彼らと交渉してきた。向こうの世界は、8年前にこちら側と枝分かれして、別の歴史をたどってきたらしい。

 並行世界との交流には無限の可能性が広がるが、同時に、人類滅亡につながりかねない危険も孕む。砂漠に生息するアルゼンチンアリが向こう側の女王アリと交尾した結果、凶暴な新種のアリが誕生したのである。二つの世界の生物が交わることで、通常はありえない“瞬間進化”が起きるらしい……。

 というわけで、CIA長官を視点人物に、恐るべき殺人アリをめぐるバイオサスペンスの幕が上がる。

 それと並行して語られるのが、農学部応用昆虫学研究室出身の早川透を軸にした物語。殺虫剤メーカーに勤める透は、大学の先輩で大手製薬会社研究員の北岡直樹と共同研究に携わっていた。が、北岡の婚約者が運転する車が事故を起こし、同乗の透は助かったものの、北岡は死亡。それが運命の分かれ道だった……。

 ネバダ州で進行する巨大なプロジェクトと、日本の小さな事故。二つの出来事がどうつながるかが読みどころ。謎めいたタイトルの意味もそこに関わってくる。

 並行世界という大きなテーマを扱いながら、一点集中で話が進むので、SFとしては物足りない反面、リーダビリティは抜群。同じ角川書店から6年前に出た高野和明のベストセラー『ジェノサイド』を思い出させる、一気通読のSFエンタメだ。

新潮社 週刊新潮
2017年6月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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