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花園という言葉には秘密の匂いが漂う
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
児童文学の名作の影響もあるだろうが、花園という言葉には秘密の匂いが漂う。三浦しをん『秘密の花園』(新潮文庫)は、カトリック系の女子校に通う三人の少女の話だ。一見平穏な学校生活を送る彼女たちが内に秘めたものを描く。そのうちの一人が痴漢のペニスをカッターで切るシーンは、淡々とした筆致で描写されているがゆえに恐ろしく痛ましい。美しい花が生殖器官であることも思い出す。
花園には閉ざされた場所というイメージもある。角田光代『ひそやかな花園』(講談社文庫)の場合は、登場人物がかつて訪れていた山荘だ。毎年夏になるとそこに集い、キャンプを楽しんでいた七組の家族はどんな関係だったのか。なぜある年を境に会わなくなったのか。子供たちの視点で封印された記憶を繙いていく。やがて再会した彼らを待ち受けるのは、自己の存在を揺るがせる事実だ。血縁や主体的に生きることについて考えさせられる一冊。
『忘れられた花園』(創元推理文庫)は、女性の秘密と家族の秘密が隠された花園をめぐる長編小説で、第三回翻訳ミステリー大賞を受賞した作品だ。著者のケイト・モートンは、三浦しをんと同世代のオーストラリアの作家。十九世紀のゴシック小説の要素を巧みに取り入れ、過去と現在、英国と豪州を行き来しながら、祖母と孫娘の数奇な運命の物語を紡いでいく。
祖母は幼いころロンドンから船に乗り、たった一人でオーストラリアにやってきた。持ち物は小さなトランクだけ。彼女は何者だったのか。どうして自分の名前を言えなかったのか。トランクの中に入っていたお伽噺の本との関わりは? 孫娘は祖母の遺した謎を追ってイギリスへ旅立つ。
旅の過程で次々と驚くべき真実が明らかになる。なんと『秘密の花園』の作者バーネットも実名で登場。庭を愛した作家、自らの素性がわからない女性、大切な人を失った孫娘……世代の異なる三人の孤独な女性が時空を超えてつながるところが素晴らしい。ああ面白い本を読んだ、というシンプルかつ深い満足感が味わえる本だ。