実験的な小説に授賞した川端賞に拍手!〈トヨザキ社長のヤツザキ文学賞〉

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

実験的な小説に授賞した川端賞に拍手!

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)


「新潮」2016年5月号

 日本で一番受賞が難しい文学賞は川端康成文学賞です。というのも、授賞対象が前年度に発表された短篇作品だから。書店に行って、五大文芸誌(「文學界」「新潮」「群像」「すばる」「文藝」)の目次を見てみて下さい。半分くらいが短篇小説で占められているのがわかるはずです。その一年分の中から選ばれるわけで、年に二回も開催され、対象が新人作家の発表した中短篇に限る芥川賞あたりと比べると、競争率の高さは半端じゃありません。

 最終候補に残るのだって大変なことです。その意味で、受賞作以外のタイトルも公表してくれるのは小説ファンにとってありがたいかぎり。おそらくは三百篇近いであろう新作から候補に挙がったということは、たとえ落選したとしても優れた作品にちがいなく、読んでみたいという気にさせられるからです。

 その証拠が過去のリスト。たとえば、色川武大「百」が受賞した第九回(一九八二年)の落選作は、山田稔「犬を連れた女」、島村利正「青い雉」、吉村昭「沢蟹」、山口瞳「鸚鵡」、筒井康隆「エロチック街道」、黒井千次「石の話」、日野啓三「ワルキューレの光」、八木義徳「漂雲」、大江健三郎「『雨の木(レイン・ツリー)』を聴く女たち」。素晴らしいラインナップといえましょう。

 いかに受賞が難しいか。現存作家に限っても、金井美恵子、村上春樹、池澤夏樹、笙野頼子、多和田葉子、島田雅彦、保坂和志、川上弘美、長嶋有、小川洋子、川上未映子、奥泉光といったそうそうたるメンバーがいまだ受賞に至っていないことからもわかります。

 最新の第四十三回受賞作は円城塔「文字渦」。秦の始皇帝が自分のために築いた陵墓を囲むように配置された陪葬坑(ばいそうこう)。そこに収められた陶俑(とうよう)づくりの名人が、始皇帝専属の陶工となり、難題を与えられたことがきっかけで生まれた文字にまつわる物語です。紙幅の都合で詳述できないんですが、アンチUnicodeというべき挑戦的な内容で、こういう実験的な小説に授賞した川端賞に拍手っ! でも、どうして今回は他の候補作を発表しないんでしょうか。落ちた作家への忖度なぞ無用と、一読者は思います。

新潮社 週刊新潮
2017年6月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク