『BUTTER』 柚木麻子著

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BUTTER

『BUTTER』

著者
柚木 麻子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103355328
発売日
2017/04/21
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『BUTTER』 柚木麻子著

[レビュアー] 朝井リョウ(作家)

事件と料理で斬る断面

 梶井真奈子、通称カジマナ。交際相手から金を奪った末、三件の殺害容疑で逮捕された女。週刊誌の記者・里佳は、その事件に対する人々の反響から、世間に漂う濃密な“女嫌い”の匂いを嗅ぎ取る。匂いの発生源を見究めるべく、里佳は、梶井の得意分野である料理を切り口に彼女の取材を進めていく。梶井が指定するものを指定したシチュエーションで食していくうち、梶井の目に映っていた景色、そこで暮らす人々の生きづらさ、そして里佳自身の忘れたい過去にまで思考は伸びていく。何度も予想外の方向にうねりながら進んでいく物語の力強さに、読みながら押し倒されるような感覚に陥る。

 二〇〇九年に発覚した、首都圏連続不審死事件が重要なモチーフになっている。実際の事件を題材にした小説はその強烈な現実に負けてしまうことも少なくないが、この作品は物語としての旨味(うまみ)が鼻に抜けるほど濃厚だ。

 著者は、料理という一見家庭的で柔らかな印象を与えるキーワードを手に、現代社会の様々な断面を読者の眼前に差し出していく。男女における昔ながらの役割分担、女性の体型に対する厳しい目線――こう書くと女性作家による女性擁護の作品かと誤解されそうだが、最も印象的だったのは、レシピ本の編集経験がある人物が出会った、塩少々や塩適量という記述には分量を明確に記せというクレームが届く、というエピソードだった。セーフティネットが見えにくい今、男女問わず、失敗は御法度(ごはっと)だという風潮がある。料理とは、花嫁修業などではなく、自分にとっての“適量”を見つけるべく思う存分失敗を繰り返せる場なのかもしれない。その機会に触れにくい男性こそ、この小説によって解放される部分があるはずだ。

 これだけの長編を息つく間もなく飲み下させる著者の技巧、読み始めたときに想像していた場所とは全く違うところに運ばれている快感。両方をお腹(なか)いっぱいに味わえる力作だ。 ◇ゆずき・あさこ=1981年生まれ。2008年にオール読物新人賞、15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞。 新潮社 1600円

読売新聞
2017年6月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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