『ことばと暴力』 中村研一著

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ことばと暴力

『ことばと暴力』

著者
中村 研一 [著]
出版社
北海道大学出版会
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784832967380
発売日
2017/05/19
価格
8,100円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ことばと暴力』 中村研一著

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

政治とは共存する努力

 大学における政治学(政治原論)の講義をもとにした本である。著者は練達の国際政治学者。その唱える政治の定義の中心にあるのは「共存する努力」。こういう特徴から、世界の市民が平和のうちに暮らす姿を期待する読者は、本を開いたとたんに衝撃を受けるだろう。

 何しろ第一章の題名は「暴力」。その第一節は「殺す、傷つける、痛めつける、拷問する、監禁するなどの行為」というその定義から始まり、さらに次節以降、文化が人間の本能的な残虐さを抑制するだけでなく、むしろ触発してきたようすを詳説する。世界でもっとも血なまぐさい政治学の教科書ではないか。

 そして暴力の連鎖から「共存」へとふみでる営みとして、政治は生まれた。国家は、その「共存」を確かなものにするために作られた制度である。そしてたとえば、力による対決を言葉のゲームへと転化することで議会制度が始まったように、さまざまな制度が、また感情に深く訴えかける象徴が、人々を「共存」へと導いてゆく。

 しかし、その国家が他面で巨大な暴力を時に行使する。それどころか人間が、まったく等質で善なる神のような存在ではない以上、紛争が勃発する可能性は常につきまとう。政治の定義は、「人間の複数性と人間関係の可変性を前提として、共存する努力」とならざるをえない。政治とは強靱(きょうじん)にして脆弱(ぜいじゃく)な、両義性に満ちた営みなのである。

 叙述のかなりの部分を、九・一一同時多発テロ事件の詳しい分析が占めている。そこに読みとれるのは、巨大な恐怖を演出し、あるいは利用する、悪辣(あくらつ)にして精密な思考のありさまである。だがその分析から、暴力の交錯を克復する知恵も生まれるかもしれない。このきびしい現実認識と、かすかではあるが強い希望は、まさしく日本の戦後政治学が用いていた手法の最良の輝きを、現代に伝えている。 ◇なかむら・けんいち=1948年神奈川県生まれ。北大名誉教授。著書に『地球的問題の政治学』など。 北海道大学出版会 7500円

読売新聞
2017年6月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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