大笹吉雄×川良浩和「女優・杉村春子について話そう」――『忘れられないひと、杉村春子』著者対談

対談・鼎談

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忘れられないひと、杉村春子

『忘れられないひと、杉村春子』

著者
川良 浩和 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103510314
発売日
2017/06/30
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

大笹吉雄×川良浩和「女優・杉村春子について話そう」

大笹吉雄(演劇評論家)×川良浩和(聞き手・著者)

――私が杉村春子のドキュメンタリーを作りたい、と考え始めた年に大笹さんの『女優 杉村春子』(一九九五年、集英社)が刊行されました。二年足らずで杉村さんは世を去り、大笹さんの本は彼女の生(なま)の言葉の集大成として、以来私の座右の書です。取材はかなり時間がかかったでしょうね。

「だいぶやりましたよ、起こした原稿で千枚超えてそこから三百枚削った。杉村さんはよく付き合ってくれた。あらたまって緊張もなかったです。とにかく率直になんでも話してくれて。なにしろ、最初から“わたしは私生児なんです”でしょう。あれにはびっくりしたね」

――私は杉村さんに緊張しっぱなしで、打ち解けた頃に偶然スッピンを見てしまい、恐縮しました。話を聞く前と後で、大笹さんの杉村さん像に変化は?

「まあ、さばさばした女優だとわかってましたから。『下手と一緒に芝居するのは嫌』とか言葉はキツいけど、嫌味はぜんぜんなかった。役者としてのプロ意識が見事だった。舞台とは、お客さまが足を運んでくれて初めて成立するものです。とにかくお客さまを大事に、という気持ちが徹底していたのでしょう。地方巡業や公演が決まると手紙をね、ファンの一人一人に書いてたんですよ」

――そうした人々から届いた手紙も大事にとっていました。今また演劇がブームですけど、昔はハコの大きさが違いましたよね。

「そうです。昭和三十年以降しばらくは千人を超す劇場を満杯にできる役者が居たよね、杉村さんしかり花柳章太郎しかり。劇場の隅々まで科白と演技を行きわたらせるんだから、“芝居”が違う」

――杉村春子の科白は今でも耳に残って消えません、素晴らしかったです。

「彼女は、九十にして自分の歯だったんですよね。だから科白の歯切れがよかった。どんなに口跡が見事な役者でも、歯がいけなくなるとだめなんです」

――今年四月、文学座八十周年祝賀会での、大笹さんのスピーチが印象的でした。本にも書かせていただきましたが、二つのことが心に残ったんです。ひとつは、舞台とは役者が主体なのだ、ということ。

「映画は監督のもので俳優は道具、でも舞台は役者のものです。それはどうしたってそうなんです。文学座は三人の高名な作家の肝煎りで生まれた劇団だけど、役者あっての舞台だと、そのことを若い役者たちには自覚してほしくて」

――もうひとつ、三島由紀夫の「喜びの琴事件」(一九六三年)で、杉村春子がした、あの作品を上演しない決断、それがなければ文学座はいまないとおっしゃった。

「そうです。あれに先立つ分裂騒ぎで、福田恆存とか芥川比呂志とか力の拮抗する劇作家、演出家が去った。文学座はいつも複数の作家が並び立つトロイカ体制ですよね。でも分裂後は三島が存在感を増して『トスカ』をやり、翌正月公演に『喜びの琴』で強いリーダーシップを確立するはずだった。文学座は戌井市郎はじめ闘争的ではないし、あのまま三島に従ったなら巻き込まれて、『楯の会』のように必ず滅亡したと思う。文学座が続いたのは、あのとき杉村さんが直感的に決断したからだ。本当にそう思いますよ」

――杉村春子の舞台で、一番なのは。

「『女の一生』ですね、やっぱり。森本薫は、戦争中すごい統制のなかでなお、あれを書いた。ほんとうに天才だったと思う。また、布引けいが“いやな女”でしょう」

――ええ? そうですか。思いがけないな。

「夫が嫌うのも当然の、しゃしゃり出る女。いや、もちろん男が駄目なんだけど。でも、若い頃のけいは初心で可愛いのもたしかなんです。いやな女に成っていった、成らされたんだとわかる。ヒロインのけいは、“日本の近代”のメタファなんですね。近代日本がこうならざるを得なかったということを見せていく、そこを観客は感じ取るから、あれほどに共感を得ていったんじゃないですかね。もちろん、杉村春子の自分のものにする力あっての舞台です」

――文学座にとって特別の作品だから、研究生は発表会でみんな役を割り振られてあれを演るし、いまも上演されます。でも、杉村春子じゃないと別物。

「何かスカスカすき間だらけになっちゃう、そのすき間を埋める力がないんだ」

――「牡丹燈籠」はいかがですか。

「いいよね、とくに北村和夫さんが」

――北村さんは、「あんたの『牡丹燈籠』だけはいいわ」と杉村さんに褒められた。

「そうでしょう、北村和夫にあれだけの芝居をさせたんだから」

――この本で、私は森光子さんにもお話を伺っています。

「杉村さんとの共演、嬉しかったでしょうね。ただ、大女優の競演というとき、ふしぎと脚本が良くない。残念なことに。森光子と山田五十鈴、森光子と杉村春子も、ホンが良くなかった。むしろ『華岡青洲の妻』なんかのほうが、いい舞台になるよね。劇作家が緊張してしまうのかなあ」

――舞台で幕が上がってそこに立っているだけでドキドキした、ああいう女優はもういない。杉村春子という女優はどうやって出来上がったのでしょうね。

「新劇の始まりは若い世代が中心だから主役は年齢なりの役を当てられて演じる。でも杉村さんは主役になったのは遅いんです。若い頃は脇役で老け役。築地小劇場でも築地座でも、田村秋子なんかの母親役。だから“演じる”“扮する”ということをやり続けたんだね。歌舞伎の女形のような究極の演技。杉村春子という女優は、その役者稼業のはじめから、おのずと伝統芸能に通じる経験と思考を積んでいった。それは巡りあわせでもあるし、運とも言えるんじゃないでしょうか」

新潮社 波
2017年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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