『私の名前はルーシー・バートン』 エリザベス・ストラウト著

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私の名前はルーシー・バートン

『私の名前はルーシー・バートン』

著者
エリザベス・ストラウト [著]/小川 高義 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152096814
発売日
2017/05/09
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『私の名前はルーシー・バートン』 エリザベス・ストラウト著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

曖昧な記憶に耳傾けて

 小説でしか語りえないことがあるとすれば、こういうことなのではないか。本書はルーシー・バートンという一人の女性の記憶を巡る物語である。嬉(うれ)しかったこと、悲しかったこと、曖昧な記憶の中で一つだけはっきり覚えていること……読者は彼女が覚えていて語ることに、ひたすら耳を傾ける。読んでいて時折強烈な胸苦しさを覚えるのは、思い出される内容そのものではなく、むしろそういう様々な記憶の思い出され方が、ひどく心に訴えてくるからだ。

 記憶の起点は、彼女がニューヨークの病院に入院していた遠い過去の九週間にある。そこに見舞いにやってきた母との会話から始まり、ガレージで暮らした子ども時代、結婚生活、とある作家との出会い、その後家族に起こった変化を、中年期を迎えたルーシーは静かに回想する。記憶が記憶を呼ぶままに、重複や欠損もそのままに。そうして思い出される出来事の脈絡のなさは私たちの人生の実際のあり方とは異なっているように見えるけれど、それでもやはりどこか似ている。人生にもまた、見えない手で上からひゅっとひねられたとしか思えないような、因果関係ではうまく説明のつかない出来事が度々起こるものだ。そしてまったく不思議なことに、彼女が語るエピソードが具体的になればなるほど、記憶の固有性が際立つほど、それは時代と場所を変えて語られた自分自身の記憶であるかのように思えてくる。私もまた覚えている、いろんなことを覚えている、たったそれだけの当たり前の発見が、ありがたくて嬉しくて、なぜだか無性に泣き出したくなる。

 作中、ルーシーが出会う作家がこんなことを口にする。「ストーリーなんて一つしかないのよ。これと決まったストーリーを何通りにも書くんだわ」。私たちが経験できる生もまた、一つしかない。それをどう振り返り、どう理解するのか。一つの生には、きっと何通りもの語り方が許されている。小川高義訳。

 ◇Elizabeth Strout=米メイン州生まれ。『オリーヴ・キタリッジの生活』でピュリツァー賞。

 早川書房 1800円

読売新聞
2017年6月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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