『アガサ・クリスティーの大英帝国』 東秀紀著

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アガサ・クリスティ-の大英帝国

『アガサ・クリスティ-の大英帝国』

著者
東 秀紀 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784480016522
発売日
2017/05/11
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『アガサ・クリスティーの大英帝国』 東秀紀著

[レビュアー] 土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

ミステリーと観光

 観光、あるいは旅とミステリーには切っても切れない縁がある。日本なら松本清張に西村京太郎のトラベルミステリー、事件の謎を追って旅に出るその過程でそれぞれの土地の風情風物が紹介されたりして、読者はちょっとした観光気分を味わえる……私たちはそんなミステリーをなんとなくあたりまえに楽しんでいるわけだが、本書はそのルーツをイギリスが生んだ〈ミステリの女王〉アガサ・クリスティーに求める。

 例えば『オリエント急行殺人事件』に『ナイルに死す』はどちらも映画化されて、私たちの世代にはポワロを演じたアルバート・フィニーにピーター・ユスチノフが忘れがたい。舞台はヨーロッパとアジアを結ぶオリエント急行にナイルを行く豪華客船、確かに観光や旅とミステリーの繋(つな)がりを最初に楽しんだのはクリスティー作品だったかもしれない。

 本書はその観光とクリスティー作品の関係を、英国二十世紀の世相歴史を絡めて描き出す。威光に陰りが見えるとはいえ、そこは大英帝国、海外に植民地を多く領していた第一次大戦と第二次大戦の戦間期にデビューしたクリスティーはやがて考古学者と結婚、彼と共に、彼をたずねて、英統治下の中東へ。その経験が名探偵ポワロの旅へと結実するが、戦後、植民地は次々に独立、上流階級は没落、中産階級が台頭して、国内の田園地帯の再発見・再開発の時代となる。この変化にポワロは徐々に出番を減らして、セント・メアリー・ミード村のミス・マープルの活躍の場が広がる。

 海外旅行と国内旅行、都市と田園の関係、交通機関の発達、リゾートの変遷など「観光ミステリ作家」クリスティーの作品に大英帝国のツーリズムの時代を読み解いて、ファンならずともなるほどそうかと膝を打つ分析が読ませる。さて、日本ではどうだろう、松本清張や西村京太郎の文庫本を鞄(かばん)に詰めて旅に出てみたい、そんな気分にさせてくれる一冊だ。

 ◇あずま・ひでき=1951年生まれ。作家、都市計画史・観光史家。著書に『東京駅の建築家:辰野金吾伝』。

 筑摩選書 1600円

読売新聞
2017年6月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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