謙信の首を獲れ! 美しき復讐鬼の大活劇
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
今年、力作『駒姫』をものして歴史・時代小説ファンを歓喜の渦に叩き込んだ武内涼が、またまたやってくれた。
それが本書『暗殺者、野風』である。
『駒姫』が史実に重きを置いた作品であったのに対し、こちらは、第四次川中島合戦をクライマックスに据えつつも、紅蓮の復讐鬼と化したうら若き女刺客が、この合戦の命運さえ握りかねない存在となっていくという、ダイナミズムあふれる戦国エンターテインメントである。
但し、この作品、そういい切れないところに妙味がある。
野風が暮らしているのは、代々、刺客稼業を生業(なりわい)としてきた代わりに権力の介入を拒んできた、いわば逆説的平和の里ともいうべき、上州は杖立(つえた)ての森にある隠(こも)り水(ず)の里である。
作者はまず、十代にして里一番といわれる野風の手並を読者に披露するために、彼女が無頼の徒・湛光風車(たんこうふうしゃ)の暗殺を見事に遂行するさまを紹介する。
つまり、暗殺者というのは冷酷な殺人マシーンでなくてはならない。
しかしながら、野風には忘れたくても忘れられない暗い過去がある。
それは、もともと野風の住んでいた村は、戦さに巻き込まれないため、二人の大名に年貢を納めていたが、戦さのどさくさにまぎれて現われた無頼の一団のため、村の男は殺され、女は犯され、やがて男たちと同じ運命を辿ったというものである。
刺客稼業の中で息づく野風の私情は、作品のラストまで、この物語を引っぱってゆく重要な要素となる。
そして、隠り水の里に来た次なる依頼は、山本勘助による上杉謙信の暗殺。里の長(おさ)であるお婆(ばば)様は、この依頼が武田信玄からのものでないことに一抹の齟齬を感じるのだが―。
ここまでで物語は、まだほんの序盤だが、ここからはじまる起伏のあるストーリー、敵、味方、双方の裏切り、そして野風を復讐鬼へと駆り立てていく行立(ゆくたて)は、ぜひとも読者の方々が各々で味わっていただきたい。
そして、この一巻のエンターテインメント以外の妙味について記せば、人間ははじめの一人が殺したから、殺し続ける存在である。つまりは、殺戮の連鎖は、いつになったら終わるのか、という今日に通じるテーマなのではあるまいか。
本書の、一見、続篇執筆が可能に見える終わり方も、そうしたテーマを際立たせるような気がしてならないのだ。