展開の意外さも作品の隠し味の一つである
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
力士の体は柔らかそうに見えるけど、実は筋肉の塊なのである。
それと同じで、与(くみ)しやすそうな外観に油断して読み始めると、その中にある骨格の強さに驚かされる。東川篤哉『探偵さえいなければ』はそういう小説だ。架空の町・烏賊川市を舞台にして東川が書き続けているシリーズの連作短篇集で、五篇が収録されている。烏賊川市は「いかがわし」と読むのだが、名は体を表す、のことわざ通りで、おかしな犯罪が多発する街なのである。
日本推理作家協会賞の候補になった「ゆるキャラはなぜ殺される」は、ゆるキャラコンテストの出場者が殺害され、同じ待機場所にいた連中が疑われるという内容である。何もそんなところで殺さなくても。ワシだから手が翼になっていて凶器を持てないとか、イカなのでそもそも足ばかり十本で手自体がないとか、着ぐるみのデザインが犯人推理の条件になっていくのが可笑しい。
一般的なミステリーの雰囲気に最も近い「被害者によく似た男」を読むと、このシリーズの特質が判る。用いられている替え玉トリック自体はごくありふれたものなのに、一点だけオリジナルの要素が加えられたことで読み心地は新鮮になる。またその要素が脱力気味のものなので、緊迫した状況を描いているはずなのに全体としては間抜けな印象になってしまうのである。そうした形で緩急をつけるのが東川は抜群に巧い。
鵜飼杜夫(うかいもりお)という私立探偵が登場する。ただし探偵役として固定されているわけではなく、状況に応じて謎解きを担当するキャラクターは変わる。ここが烏賊川市シリーズのおもしろい点で、油断をするとすぐ誰かが謎を解いてしまうのだ。展開の意外さも作品の隠し味の一つである。「ゆるキャラはなぜ殺される」の結末が示すように、作者はサービス精神が旺盛なので最後まで気を緩められない。読んでいると、天井からたらいが落ちてくるかもしれないです。