オランダでベストセラー AI時代の啓蒙書

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オランダ出身の歴史家が提言するAI時代の啓蒙書

[レビュアー] 板谷敏彦(作家)

 子供の頃に見た「鉄腕アトム」の21世紀の世界では、労働や家事はロボットがこなし、人間はボタンを押すだけで食べたい料理が調理されていた。AI(人工知能)とロボットの発達は、やがて人間を労働から解放して、ユートピアへ導くものと期待された。

 ところが現実はどうだ。ロボットの発達は国民の多数である中産階級の仕事を奪い、貧富の差は有史上最大になり、今後もこの傾向は拡大しそうだ。産業革命以降の2世紀の間に一人あたりの実質所得は10倍にもなったのに、労働時間は長くなり、うつ病が蔓延している。また貧困対策と社会保障のコストは今や国家財政を持続不可能なまでに脅かしている。

 オランダ出身の若き歴史家でジャーナリストの著者は、この解決策は金持ちも貧者も区別なく国民一人一人に直接お金を渡す「ベーシックインカム」と労働時間の短縮にありと主張する。複雑な補助金や福祉制度を廃して制度を単純化すれば、人間はもうそれほど働かなくても良いはずなのだ。我々は充分豊かになっている。

 ベーシックインカムは「金だけ渡せば人は働かずに堕落する」というドグマに縛られてなかなか理解を得られない。しかし最近の社会実験では、人は使途制限のないまとまった資金を与えられれば生活の向上に費やすことが証明されつつある。

 社会福祉制度には既得権益層が多く実現までのハードルは高そうだ。だが著者は今では当然だと考えられている奴隷制度の廃止も女性の参政権も、当初は誰も実現するとは思わなかったと意に介さない。我々人類はロボット社会に隷属するのではなく、今こそ科学技術発展の恩恵を受けるべきなのだ。

 同書はオランダでベスト・セラーとなり、その後世界20カ国で出版が決まった。働き過ぎの上に、巨額の財政赤字に悩む我々日本人こそ、読むべき啓蒙書なのだ。

新潮社 週刊新潮
2017年7月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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