谷津矢車「個人の個性を殺そうとする組織の不気味さみたいなものを書いてみたかった」 『某には策があり申す 島左近の野望』刊行記念インタビュー

インタビュー

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某には策があり申す 島左近の野望

『某には策があり申す 島左近の野望』

著者
谷津矢車 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413060
発売日
2017/06/13
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【特集 谷津矢車の世界】谷津矢車インタビュー 聞き手・末國善己(文芸評論家)

二〇一三年『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』でデビュー。以降、江戸の出版王『蔦屋』、秀吉を手玉に取った男『曽呂利!』、歌川国芳の弟子の絵師『おもちゃ絵芳藤』と、話題作を常に刊行し続けてきた谷津矢車。その最新作に、デビュー当時から著者に注目し、書評を執筆してきた末國善己が迫った!

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末國善己(以下、末國) 谷津さんは戦国ものと江戸ものを両方お書きになっていますが、新作の題材はどのように決めているのですか。
谷津矢車(以下、谷津) 色々な場合があります。どちらかといえば江戸ものが好きなんですが、最近は担当さんも二種類いて、「戦国もののこれが良かった」とか、「江戸もののこれが良かった」ということで「それに近いものを書いて欲しい」というご依頼があります。どちらも好きで書いていますから、依頼によって書き分けている感じです。大学は考古学を専攻していたので戦国も江戸も専門ではないのですが、専門ではないことが逆に武器になっているような気がしています。
末國 では、そのうちに古代史小説も期待できそうですね。
谷津 そこに攻め込むとなると、澤田瞳子先生や葉室麟先生など色々な方のお名前が出てきてしまうので本当に怖いんですが、いずれ書いてみたいテーマではあります。
末國 新作は島左近を主人公にしています。谷津さんは戦国ものは、雑賀孫市や池田恒興など、どちらかといえばマイナーな人物を取り上げていましたが、今回の左近はメジャーな武将です。ファンも史料も多いので、プレッシャーも大きかったのではないですか。
谷津 はい、プレッシャーでしかありませんでした(笑)。初めて角川春樹社長にお会いした時に「君はなぜ地味なものしか書いてこなかったんだい?」、さらに「島左近はどうだい? 夢枕に出てきたんだが、書いてみないか?」と言われまして、「書きます!」とお返事しました。実は書こうと思って頓挫した主人公の中に、澤田瞳子先生が書かれた伊藤若冲がいました。一度書こうと思った人物は、書かないと損なんだろうと考えていたので、苦労は多いと思いましたが、左近に挑んでみました。
末國 谷津さんは、去年あたりから時流に乗れない不器用な人物を主人公にしているような気がしています。『しゃらくせえ鼠小僧伝』の鼠小僧次郎吉や、先日刊行された『おもちゃ絵芳藤』の芳藤は、その典型です。島左近も、不器用な人物とされていましたね。
谷津 正直に言いますと、「時流に乗った人」が大嫌いなんです。僕にはサラリーマンの経験があるのですが、言葉を濁さずに言うとダメ社員、時流に乗れていない人間でした。なので、うまくやっている人間より、最終的にうまくいかなかった人とか、着実に生きてきたのに認められなかった日陰者みたいな人たちが大好きなんです。僕は島左近って、軍略しか頭にない変な人というか、もっと率直に言えば「アカン人」だと考えています。
末國 この作品で興味深かったのは、島左近があえて武将に仕えない陣借り、言わば非正規社員の道を歩んだり、息子の新吉がニートのように描かれているところです。島左近は“智将”、“猛将”として語られることが多いですが、そのイメージを一八〇度覆しているところが面白かったです。
谷津 左近はよく「義将」と言われますが、それはどうも後世の後付けっぽいんです。そもそも「主君に忠義を尽くす」という考え方自体が江戸時代に入ってからの概念ですから、今までの人物像を取り払ってみた時に「あ、これは非正規の人だ、フリーランサーだ」と気付きました。僕もフリーランサーですから、どこにも属さずに仕事をすることの自由さや厄介さも書けるんじゃないかと思いました。だから今回の左近には、こうありたいという自分と、ダメな自分の両方が出ています。
末國 『おもちゃ絵芳藤』の芳藤はまさにフリーランサーで、私も似た境遇なのでとても共感できました。島左近もフリーですが、武将の家臣にならなければ仕事ができないので、組織の中で生きる不自由さ、人間関係の難しさも描かれていました。そこが自分の腕だけで食べている芳藤と違っていて、二冊を読むと谷津さんの問題提起がより深く理解できるように思えました。
谷津 そう言っていただけるとありがたいです。島左近は、芳藤の次の次ぐらいに書かせていただいたのですが、芳藤はフリーランスの悩みが前面に出ています。一方の島左近では、組織がどれほど人間性を食い物にするか、どれほど人を抑圧するかも描いてみました。島左近のように強い個性を持った人は、組織に入るとすごく辛いと思うんですよ。自分のやりたいことは“策を練る”こと一つしかないのに、無理やり型に押し込まんとする。その主体が組織で、その嫌な組織というか、個人の個性を殺そうとする組織の不気味さみたいなものを書いてみたかったというのはあります。
末國 左近と息子の新吉との関係も丁寧に描かれていました。親子関係を書いたのは、今回が初めてではないですか。
谷津 そうですね。親子関係は、今まで避けていたというか、あまりピンとこない世界でした。僕にも父がおりますが、その心の内を意識することがなかった、といいますか。ただ最近、結婚して親元を離れまして、そうしたら親はすごく面白い存在だと思うようになりました。今になって思えば、親を乗り越えなければならないなどと考えていて、それが重荷になっていたのかもしれません。ようやく親を客観視できるようになったので、左近と新吉の親子が書けました。
末國 この作品には、『三人孫市』の孫市が出てきたり、『曽呂利!』に出てきた策伝と曽呂利新左衛門が出てきたりします。これは、本書を書くために布石を打っていたのでしょうか。それとも偶然に前の作品のキャラクターを出そうという流れになったのでしょうか。
谷津 半分布石、半分アドリブです。実は担当さんが「孫市が大好きというか、作中に出てくる藤堂高虎が大好きなので、本当は高虎をお願いしたいんだけど、社長が左近と言うから仕方ないよね」とおっしゃっていました。それで、高虎を出しました。そうしたら、今まで戦国もので書いた人物を出してもいいのではないかと気づき、孫市を出し、名前だけとはいえ池田恒興を出しました。歴史小説の良さは、世界が繋がっているのでスターシステムが使えることです。今回は、それをうまく利用してやろうという企てもありました。
末國 左近は、武田信玄から軍略を習ったと吹聴しています。関ヶ原の合戦の前には、左近と石田三成が密談をしますが、その内容は伏せられています。信玄と左近に接点はあったのか、密談の内容は何かが物語を牽引し、ラストにはどんでん返しもあるので、全体がミステリータッチになっていました。『曽呂利!』や『しゃらくせえ鼠小僧伝』にもミステリー的な趣向がありましたが、ミステリーはお好きなのですか。
谷津 実は、あまり意識していませんでした。それこそデビュー作の時に、ミステリー的な仕掛けがあると末國先生が仰ってくださったので、「僕はミステリーが書けるんだ」みたいな驚きがあり、それからミステリーを意識するようになりました。最近は、歴史小説はオチが決まっているので、なぜ彼はこんなことをしたのかというホワイダニットをフックにして物語を引っ張っていくと、やりやすいと気づきました。今回は、『しゃらくせえ鼠小僧伝』ほどミステリーを意識していませんでしたが、なぜ関ヶ原の戦いという巨大なシステムというか、巨大な戦が崩壊したのかを、読者が納得できるように順序立ててひたすら書いたことで、結果的にホワイダニットをテーマにしたミステリーに近くなったのだと思っています。
末國 クライマックスは関ヶ原の戦いですが、かなり独自の解釈をされていましたね。
谷津 今回は、あえて中途半端に新説を用いています。最近は、午前中の早いうちに小早川秀秋が反旗を翻して、戦の初期に勝負が決まったという説が出ています。この新説だと二時間くらいで戦闘が終わってしまうので、あまりにも夢がありません(笑)。そこで、左近と島津家との関係などは昔の講釈師が作った解釈を使って物語を盛り上げつつ、それに新説をぶつけて自分なりの関ヶ原を描きました。
末國 後半は関ヶ原の合戦が迫力いっぱいに描かれていきます。谷津さんの戦闘シーンはいつもスリリングですが、何かコツがあるのでしょうか。
谷津 戦闘シーンに関しては、いつも悩んでいます。なにせ戦争とか戦いが大嫌いで、武芸もやったことがないんです。いま一つ「男の子的なもの」が良く解っていないので、いつも手探りしながら書いています。
末國 後半になると、負けていた西軍が、「島左近がいるから頑張ろう」という流れになります。これは「生きていればいいことがある」「諦めなければなんとかなる」という、現代人へのメッセージになっていたように感じたのですが。
谷津 玉砕とか散華は、美しいんですが、どうも?っぽく感じています。散華を書けば泣く方、感動作だという方もたくさんいて、本も売れるかもしれない。でも今の作家が叫ばなきゃならないのは、「最後の最後まで踏ん張っていこうぜ」っていうことなのかなぁという気がしています。凄くしんどいことを読者さんにお願いしているような気もしていますが、ただ死んで全てがおしまい、全部プラスになりますっていう価値観はちょっと今は放ってはいけないことかなぁ、という気はしております。
末國 その意味では、敗者と敗者が、弱肉強食の戦国乱世とは何だったのかを語らうエピローグは、谷津さんの想いが凝縮されていましたね。最初は、最終章が素晴らしい幕切れだったので、エピローグは蛇足かなと考えながら読んでいたのですが、読み終わったら自分が間違っていたことに気づきました。現代は格差も広がっているし、閉塞感も強いですが、「諦めなければいいことがある」という直球のメッセージは、現代小説で書くと奇麗事過ぎて心に響かないかもしれない。それが?っぽく見えないことも、歴史小説のいいところだと考えています。
谷津 歴史時代小説には、ファンタジー的な良さがあると思います。左近は四百年前には間違いなく生きていた人なので、それだけに説得力は抜群です。しかも島左近には、関ヶ原の後に生き延びたという伝説も残っています。これは眉唾でしょうが、もしかしたら敗者たちの願いがこの伝説を作ったのかもしれません。だから左近は、簡単には殺してはいけないと思いながら書いていました。この作品に出てくる大谷刑部の息子・大学は、大坂の陣を豊臣方として戦っています。戦国の気風は、左近から大学に引き継がれたのではないかというサーガにすることも考えています。
末國 この作品は、やはりビジネスパーソンに読んでもらいたいという気持ちがありますか。
谷津 そうですね。子供の頃に、童門冬二先生の作品を読ませていただきました。僕の作品が童門先生っぽくないので、この話をすると驚かれるのですが、勤め人とか、組織に対する眼差しみたいなものは僭越ながら引き継がせていただいていると思っています。だから、組織の中で苦労している人に読んでいただきたいです。

聞き手/末國善己

角川春樹事務所 ランティエ
2017年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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