【ニューエンタメ書評】西條奈加『猫の傀儡』、大倉崇裕『クジャクを愛した容疑者 警視庁いきもの係』ほか

レビュー

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  • 横濱エトランゼ
  • 猫の傀儡
  • モモンガの件はおまかせを
  • クジャクを愛した容疑者 警視庁いきもの係
  • 信長嫌い

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

梅雨入りして、いよいよ本格的な夏到来ですね。
雨や猛暑で外に出る気が起きない日も、読書をすればきっと気分が盛り上がります。
今月も選りすぐりの10作品をご紹介します。

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 二年ほど前から横浜にも拠点を構え、東京と行き来しながら仕事をしている。ようやく馴染んできた横浜を舞台にした大崎梢『横濱エトランゼ』(講談社)は、タウン誌でアルバイトを始めた高三の千紗が、街の謎に挑むミステリである。
 千紗は、洋装店を営むマダムから百段もある長い階段の思い出話を聞くが、その階段はマダムが生まれた頃には既になかった「元町ロンリネス」。四人の外国人のおじいさんが、同じ時期に同じ建物で暮らしていた二階建てにも三階建てにも見える建物があるなど、洋館にまつわる七不思議を調べる「山手ラビリンス」。友人の菜々美のおじいさんは外国で生まれたといっていたが、晩年に初めての海外旅行がしたいという矛盾したことを口にしていた「根岸メモリーズ」など収録の五編は、謎解きのクオリティもさることながら、街の歴史、土地の記憶、そこで生きる人々の想いも丹念に描かれていて、読む「ブラタモリ」の趣がある。有名な観光スポットが出てくるので、本書を片手に横浜散策に出掛けるのも一興だ。
 猫を飼った経験があれば、猫の面倒を見ているのか、世話をさせられているのか分からなくなったことがあるのではないか。西條奈加『猫の傀儡』(光文社)は、人間を操る傀儡師と呼ばれる猫探偵が活躍する時代ミステリである。
 米屋が立ち並ぶ米町には、鼠よけの猫が増えたため猫町なる通称がある。猫町で傀儡師をしていた順松が行方不明になり、弟子の一人ミスジが新たな傀儡師に選ばれた。相棒は売れない狂言作者の阿次郎である(といっても、阿次郎は猫に操られていることを知らない)。朝顔の鉢を壊したと疑われている猫の濡れ衣を晴らす表題作は、物語の設定を紹介しながら進む軽めの作品ながら伏線の妙が光る。母親が妹ばかりを可愛がっている家の姉を救う「白黒仔猫」、ミスジが昔、世話になった老猫に食べ物を届けていた男が傷害犯として捕まったので、真犯人を捜す「十市と赤」は、人間の心の奥底にある“闇”を暴いているだけに、恐怖を感じるほどである。
 ミスジが、阿次郎が事件にかかわる切っ掛けを作ったり、手掛かりに気付くように仕向けたりするところは、“あやつり”トリックを読んでいるような面白さもある。中盤になると、ミスジの師・順松だけでなく、同じ源氏名を持つ芸者も姿を消していることが判明し、ミスジがその行方を追うことになる。そのため謎解き重視の本格ミステリが好きでも、ハードボイルド、サスペンス系が好きでも満足できるだろう。
 似鳥鶏『モモンガの件はおまかせを』(文春文庫)は、動物園の飼育員たちが、動物がらみの事件を解決する〈楓ヶ丘動物園〉シリーズの第四弾。バーベキューの買出しに出掛けた二人が、散歩をしている犬の行動に違和感を持つ「いつもと違うお散歩コース」、オートロックで密室状態の家から猫が連れ去られる「密室のニャー」、アパートの一室からミイラ化した死体が発見されるが、そこで飼われていたモモンガは誰かに世話されていた「証人ただいま滑空中」など四つの謎は、シリーズの中でも最も不可解で魅惑的になっている。
 飼育員たちがコミカルなやり取りをしながら事件に挑む展開はユーモラスだが、物語の底流にはペット業界の“闇”というシリアスなテーマが貫かれており、動物と人間はどのような関係にあるのがよいのかを考えさせられる。
 大倉崇裕『クジャクを愛した容疑者』(講談社)も、事件がらみの動植物の世話をする警視庁の窓際部署に左遷された須藤警部補と、動物オタクの女性巡査・薄のコンビが活躍する〈警視庁いきもの係〉シリーズの第四弾。ピラニアが人間を襲うというのは映画が広めた嘘であることを強調しながら進む「ピラニアを愛した容疑者」は、ピラニアが重要な役割を果たす事件を連鎖させながら真相にたどり着く展開が鮮やか。名門大学でクジャクの世話をするサークルの男が殺される表題作は、意外であり身につまされる動機に驚かされた。
 昨年末から『回天の剣 島津義弘伝 下』、『蝮の孫』、『燕雀の夢』と立て続けに歴史小説の秀作を発表している天野純希の新作『信長嫌い』(新潮社)は、織田信長に人生を狂わされた七人の男に焦点を当てた連作集である。
 日本の高度経済成長期からバブル全盛期まで、信長は最先端のテクノロジーを導入したり、独創的な政策と戦略を駆使したりして因習を破壊した改革者として人気を集めた。ところがバブル崩壊後は、部下に過酷なノルマを課し、失敗すれば平気で切るブラック企業の経営者のように捉えられるようにもなる。本書は後者に属するが、単に信長を批判するのではなく、弱肉強食の世をどのように生きるかを問うている。
 師の太原雪斎が死に、その志を受け継ぐために京を目指したものの、自分に雪斎ほどの才能があるか悩む今川義元。没落した名家に生まれたがゆえに、何度敗れても上を目指そうとする六角承禎。故郷を蹂躙した信長の命を狙いながら、故郷を救う道があったのではないかと考える伊賀忍者の百地丹波など、本書の主人公は、シェアを拡大するベンチャー企業=信長によって、追い詰められるライバル会社を思わせる。それだけに、男たちの苦悩には思わず共感してしまうはずだ。
 佐藤賢一『ファイト』(中央公論新社)は、ボクシング史上最強のチャンピオンともいわれるモハメド・アリを主人公にしているが、単にアリの生涯をたどっているのではない。ソニー・リストン戦、キンシャサで行われたジョージ・フォアマン戦など四つのタイトルマッチを、アリが「俺」の一人称で語っていく異色作なのだ。ビッグマウスで有名なアリが、毒舌を交えながら相手の攻撃を受ける時の恐怖、反撃のパンチがヒットした際の喜びなど、息詰まる攻防をスピーディーかつリアルに再現していくので、思わず引き込まれてしまうだろう。その意味で本書は直球のスポーツ小説なのだが、なぜブラック・ムスリム運動に傾倒しイスラム教に改宗したのか、なぜベトナム戦争の徴兵を拒否したのかなどに迫ることで、アリの思想と人間性も浮かび上がらせているのだ。アリが直面した黒人差別、イスラム教徒への差別は、今もアメリカの病理なだけに、そこに切り込んだ意義は大きい。
 今年四月、義和団事件を題材にした初の歴史小説『黄砂の籠城』を刊行した松岡圭祐が再び明治時代に挑んだ『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』(講談社文庫)は、これまでも多くの作家が手掛けたホームズ・パスティーシュである。ホームズは、バリツ(“baritsu”)なる日本の武術を使い、凌雲閣(浅草十二階)の基本設計を行ったバートンが生みの親のコナン・ドイルの友人だったなど、日本と縁が深い。宿敵モリアーティ教授をライヘンバッハの滝で葬ったものの、殺人罪に問われる危険があるホームズが、幕末に長州藩の留学生(いわゆる長州ファイブ)の一人としてロンドンにいた頃に知り合った伊藤博文を頼り、秘かに日本に渡ったとの設定は巧い着眼点といえる。日本でホームズが挑むのは、来日したロシア帝国の皇太子ニコライが、警備中の巡査・津田三蔵に襲撃された大津事件。ホームズが、事件後のロシアの対応の矛盾から知られざる真相を明らかにする展開、さらに明治の世を騒がせた別の事件に繋げるスケールの大きさは歴史ミステリとして秀逸である。作中の随所に、一種のホームズ論が描かれているので、ホームズ・ファンはより楽しめる。
 長州ファイブの一人で、“日本の鉄道の父”と呼ばれる井上勝が重要な役割を果たす山本巧次『開化鐡道探偵』(東京創元社)は、明治を舞台にした鉄道ミステリである。
 一八七九年、凄腕の元八丁堀同心・草壁は、井上勝の命を受けた技手見習・小野寺に頼まれ、京都と大津を繋ぐ逢坂山トンネルの建設現場で相次ぐ怪事件を調べるため現地へ向かう。そこで草壁は、工事を請け負っている会社の社員が、列車から転落死したことを知る。警察は事故としたが、現場の車両から他殺の痕跡が発見された。しかし犯行時刻に列車に乗っていたのは、殺された社員だけだったのだ。前半は動く密室とでもいうべき列車内の殺人、後半は消えた大量の火薬の捜索がメインの謎となるが、近くの村で起きている鉄道敷設の反対運動、建設会社の作業員と鉱山から来た職人との対立、さらに鉄道の是非をめぐる政府内の確執なども事件を複雑にし、真相を見えにくくしているのが面白い。本格ミステリのエッセンスを、サスペンスあふれる展開で包んだ本書は、戦前の古き良き探偵小説を思わせるテイストがある。
 犬養毅首相が海軍の青年将校らに暗殺された五・一五事件。この時、来日中のチャップリンは犬養首相と面会の予定があり、青年将校たちはチャップリンを西洋の堕落した文化の象徴として暗殺しようとしていた。土橋章宏『チャップリン暗殺指令』(文藝春秋)は、この史実をベースにしている。
 津島新吉は、家が貧しかったため、授業料がなく手当ても出る陸軍士官学校へ進む。そこで、困窮する庶民を顧みない政治家や財閥を一掃する運動に加わった新吉は、チャップリンの暗殺を命じられる。当初は、同志の言葉を信じていた新吉だが、敵を知るためチャップリンの映画を見に行き、チャップリンを尊敬する売れない役者やカフェの女給と親しくなるうち、自分の行動は果たして正しいのか迷い始める。自分の頭で何が正しいのかを考える新吉は、同調圧力が強い日本社会で、信念を貫くことの大切さを教えてくれるのである。
 桜庭一樹『じごくゆきっ』(集英社)は、結婚したいがために同世代の男と付き合いながら、趣味が合う年上の男とも関係を持つ女を描く「ビザール」、エキセントリックな義母に振り回される男を主人公にした「ロボトミー」、少女が副担任の女性教師と逃避行に出る表題作、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の後日談で、“母殺し”をモチーフにした「暴君」、美少女の紗沙羅が暴飲暴食をして太った理由が恐ろしい「脂肪遊戯」など七編を収録した短編集。いずれの作品にも共通しているのは、弱い者、愚かな者、居場所がない者を温かく包む視点があること。そのため暗く残酷な物語もあるが、読めば勇気がもらえる。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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