『実践 財政学――基礎・理論・政策を学ぶ』

レビュー

3
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

実践 財政学

『実践 財政学』

著者
赤井 伸郎 [編集]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641165045
発売日
2017/04/19
価格
2,916円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『実践 財政学――基礎・理論・政策を学ぶ』

[レビュアー] 赤井伸郎(大阪大学大学院国際公共政策研究科教授)

 私のゼミでは、社会の問題を見つけ、その問題を解決するための方法としての公共政策のあり方を学んでいる。大学の講義やゼミでの議論で得た知識は、社会で実際に活用されなければ意味がない。ゼミでは、大学内で得た知識を、大学以外の場で試す機会を作っている。具体的には、ゼミでの意見交換を通じ、エビデンスに基づき、社会問題の解決策としての政策を考え抜き、それを政策提言論文としてまとめ、政策提言大会で発表する。大会では順位が決まり、もっとも現実的・説得的な政策を提言したチームが、優勝する。その審査基準は、一言で言えば、実際に、「実践」できるかどうかである。「実践」を重視した取り組みであると言える。
 このたび、私の編著で、『実践 財政学』という財政学のテキストを刊行することになった。本書は知識を得るためのテキストであるが、真の狙いは、その知識を社会で活かしてもらうことにある。学生だけでなく、より幅広い人が、財政の知識を高め、選挙や市民参画などを通じて行政・政治へと関わる際に、日本の社会のあり方を考え、良い制度設計を提案できることができれば、本書は、その狙いを達成できたことになる。特に、この思いをこめて、「実践」という言葉を添えた。すなわち、机上やオフィスにとどまらず、本書の知識を、実際の社会においての政策設計・課題解決に役立ててほしいという思いがこめられている。また、カバーも、「実践」にふさわしいデザインを考えて採用した。カバーには、「ワニの口」と、そこから伸びる2つの折れ線グラフが示されている。この折れ線グラフは、日本の歳出と歳入(税収)を表していて、日本の財政の本質的な課題をひと目で伝える図であるその姿が「ワニの口」に似ていることから、財政関係者の間では、「ワニの口」として語られている。本書を刊行後、知り合いに連絡したところ、新たに1つ明らかになったことがあった。それは、この「ワニの口」の命名者に出会うことができたのである。これまでに何度も会っていたが、表紙に採用したことで、「ワニの口」の命名時の話を始めて聞くことができたことは、想定外のことであったが、新たに、「ワニの口」の課題を真剣に議論していくべきであると感じた。
 ここで、実践にふさわしいテキストのあり方・構成を考えてみたい。
 たとえば、
1 現在の制度は理解しているが、その是非を問う基準・根拠を知りたい。
2 現在の制度は理解しているが、その歴史的経緯が知りたい。
3 現状は漠然と分かっているが、現在の制度を知りたい。
4 現在の制度は理解しているが、どのような議論と課題および考え方があるのかを知りたい。
 このような要請に対して、これまでのテキストでは、それぞれの章の中身を読み解いていくしかなかった。一方で、本書では、実践を重視し、これらの希望に対して、各章の各パートに、この解答をコンパクトにまとめる工夫をしている。すなわち、本書の最大の特徴は、目的別に学ぶことができる点にある。本書は、全ての章が以下の3パートに分かれる形で統一的に構成されている。各パートの中身と狙いは以下のとおりである。
PARTⅠ「財政の今(国・地方の役割)」:現状と実態を学ぶ。
PARTⅡ「歴史・理論を学ぶ」:歴史を振り返るとともに、制度設計の理論的根拠を学ぶ。
PARTⅢ 「仕組み・政策・課題を学ぶ」: 仕組み・政策・課題を踏まえ今後のあり方を考える。
 たとえば、取り急ぎ、財政の現状を学びたいという目的を持つ読者には、PARTⅠのみを読み進めることをお勧めしたい。一方で、歴史や理論に興味がある読者には、PARTⅡに注目することをお勧めする。仕組みや政策・今後の課題は、PARTⅢで学ぶことができる。すでに知識のある大学院生や国・地方の公務員は、PARTⅢを読むことで制度や政策の課題について財政学の視点から効率的に将来のあるべき姿を考えるヒントを得ることができるであろう。まさに、本書のタイトルである「実践」にふさわしい読み方である。
 また、日本の財政には、日本全体で財政はどうなっているのかというマクロ的問題はもちろんのこと、日本を支える国と地方の構造の問題、歳出課題としてのインフラ運営(老朽化問題、教育問題、社会保障問題や、歳入税)・課題としての働き方(労働)・生活(消費・資産保有)・企業とグローバル社会など、数多くのトピックがある。それぞれが、課題を抱えている。
 本書は、これらの多くの課題に対して、トピック(分野)別によりダイレクトにアプローチできるように構成されている。本書は、まさに、それぞれの課題の解決に向けて「実践」して取り組むための最短ルートを示しているのである。読者が興味を持つ、どのトピックから読み始めても、違和感なく学ぶことができる。もちろん、第1章から読み進めることで、順に知識を蓄積していくことができるという流れは維持されている。
 ただ、各トピックにはそれぞれ複雑な制度、歴史的経緯がある。それらの全トピックの中身を把握し、1人の筆者が纏め上げるのは、至難の技である。本書は、13人の専門家による合作によって、この障害を乗り越えた。各章の執筆者は、各章のトピック(分野)の専門家である。その意味で、1人が執筆する教科書よりも、各章において、より深い視点を明確に提示することに成功している。この事実は、政府間財政移転(第3章)・自治体運営(第4章)、インフラとしての社会資本(第5章)、教育(第6章)、社会保障(第7章)など、財政支出において注目されるトピックで章を独立させている点からも読み取れるであろう。
 本書は、3部構成×3パートの9区分で構成されている。
 第1部では、財政の仕組みを学ぶ。第1章の「政府の役割と財政」では、政府の必要性の根拠の説明を通じて、政府の「お財布」である「財政」という概念の重要性・規模・中身を把握し、制度面・理論面から、財政のあり方を考えるが、その中身を、以下の3パートに分けることにした。PARTⅠでは、日本財政の歳出と歳入の全体像を提示することにした。いわゆる、「ワニの口」の実態を示すものである。日本の財政がいかに大変な状態であるのかが明らかとなる。この背景を探るべく、PARTⅡでは、財政の歴史を振り返るとともに、財政のあり方としての政府の役割(財政の三機能と公共政策の類型化)を整理した。これまで「ワニの口」がどのようにしてでき上がってきたのか、どのような考えで財政運営が行われてきたのかを学ぶことは、今後、財政のあり方を考える上でも重要である。これを踏まえ、PARTⅢでは、財政の仕組みと評価の仕組みを提示し、実際の課題と解決方法を考えることにした。現在、政府は、財政を健全にするため、PDCAやKPIといった様々な手法・指標を用いて政策評価に取り組んでいる。さらなる改善は、すぐにできるものではない。ただ、さらなる改善には常に取り組まないといけないことがわかる。
以下では、各章の概要のみを紹介する。
 第2章の「財政赤字とマクロ経済」では、日本の財政がおかれている実態(財政赤字・政府債務)を把握し、長期的な視点から、将来の財政見通しを考える。第3章の「政府間財政移転と地方財政」では、地方財政を支える制度としての財政移転の実態および財政危機を回避する仕組みを学び、制度面・理論面から、地方財政制度のあり方を考える。第4章の「自治体運営(再編・競争)と財政」では、地方分権化の流れおよび競争政策・再編政策を把握し、地方分権のメリットやデメリットを理解し、制度面・理論面から、地方公共団体の再編のあり方を考える。
 第2部では、公共事業、教育・社会保障といった「歳出」について学ぶ。まず、第5章の「社会資本と公共事業」では、社会資本とその整備である公共事業の実態を把握し、効率的な整備・運営について、制度面・理論面から、社会資本整備・運営のあり方を考える。第6章の「教育と政府の役割」では、義務教育と高等教育に着目し、教育財政の実態を把握し、政府が果たすべき役割について、制度面・理論面から、教育財政のあり方を考える。第7章の「少子高齢化と社会保障財政」では、膨らみ続ける社会保障給付に対し、社会保険料・租税・自己負担で賄う社会保障制度の厳しい実態を把握し、持続可能な社会保障制度のあり方を考える。
 第3部では、所得税や消費税、法人税などの「歳入」について学ぶ。第8章の「労働と税金」では、労働所得に対する税の制度および実態を把握し、制度面・理論面から、今後の税制改革のあり方を考える。第9章の「暮らしと税金」では、消費と資産に関わる税の制度および実態を把握し、制度面・理論面から、今後の税制改革のあり方を考える。第10章の「経済のグローバル化と企業課税・金融課税」では、グローバル化の進展を踏まえ、投資(貯蓄)にかかわる税の制度および実態を把握し、制度面・理論面から、今後の税制改革のあり方を考える。
 本書は実践のためのテキストである。トピックごとはもちろん、全体を読み通せば、日本の財政の全体像が見えてくるだろう。様々な財政課題に対し、政府は政策を講じているが、課題への対応は十分にできていない。資源は有限である。第2部で学ぶ歳出の配分方法と第3部で学ぶ歳入確保の方法を通じ、第1部で学んだ財政健全化と経済成長をしっかりと進めるために、各章での課題にどのように対応していくべきか、すぐに答えが見つかるわけではない。しかし、読者が、本書を読むことで、この対応をしっかり考えることができる知識を身につけるようになっていれば、いつか、社会に出て、社会のあり方、政策設計・課題解決を考える機会を得たときに、まさに本書で得た知識を実践できるのである。今後、この知識を社会で実践してほしい。まさに、それでこそ、本書のタイトルが、中身と合致するときである。

書斎の窓
2017年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

  • このエントリーをはてなブックマークに追加