『めぐみ園の夏』
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【聞きたい。】高杉良さん 『めぐみ園の夏』
■「泣いた」「元気が出た」自伝的小説
経済・企業小説の第一人者が、家族にもほとんど語らなかった自らの少年時代にスポットを当て、自伝的小説を発表した。
昭和25年夏、関係が破綻した両親に見捨てられ、11歳、小学6年生の杉田亮平(高杉さん)ら4人きょうだいは、千葉県の児童養護施設「めぐみ園」に預けられる。そこでは厳しい食糧事情、園長一家の理不尽な仕打ち、「施設の子」への偏見、暴力やいじめも…。
だが、亮平は学業、スポーツで優秀な成績を収め、交友を広げ、級長にも選ばれるなど園の内外で一目置かれる存在になっていく。
「つらく、切なく、厳しい時代だった。でも、それを糧にハングリー精神を身に付け、乗り越えた」
その過程は拳震わせ、涙なくしては読めない。高杉さんも執筆時は「11歳の少年の気持ちで書いた。当時のことは明瞭に覚えていて書き出したら止まらない」ほど。その日の執筆を終えると、夫人に「また泣いたよ」「また元気が出たよ」と話していたという。
「一番感じてもらいたいのは人のやさしさ、あたたかさ、そして希望。僕は生きる自信、将来への希望をあの時代に持てた。最近は人の心が傷(いた)み、世の中が荒(すさ)んでいるけど、この本を読んで元気を出してほしい」
施設の保母さんや兄とも慕った作業員、小中学校の恩師、級友、また第二次大戦中は軍医中佐としてドイツに駐在し、戦後は開業医となった父方の伯父…。手をさしのべてくれた人々への感謝が、この物語を書くきっかけにもなった。
「ずっと気にしていた。恩ある人たちにお返しをしたい、書きとめておきたいと。これで気持ちの整理がついた。昔のことを思い出して脳も活性化、『めぐみ園』から力をもらった」
本業の経済小説でも、初めてベンチャー企業をテーマにした作品に取り組むなど意気込み新た。
《めぐみ園がなければ、私は作家になっていなかったかもしれない》
帯の一文が腑(ふ)に落ちた。(新潮社・1500円+税)
三保谷浩輝
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【プロフィル】高杉良
たかすぎ・りょう 昭和14年、東京生まれ。化学専門紙編集長を経て、50年作家デビュー。「金融腐蝕列島」など著書多数。