はんぱないディテールの“偽ロシアSF史”本

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ソヴィエト・ファンタスチカの歴史

『ソヴィエト・ファンタスチカの歴史』

著者
ルスタム・カーツ [著]/梅村 博昭 [訳]
出版社
共和国
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784907986414
発売日
2017/06/09
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

まことしやかな嘘ばかり 偽書ロシアSFの面白さ

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 ロシアのSF作家って、『ストーカー』や『モスクワ妄想倶楽部』などの傑作で知られるストルガツキー兄弟くらいしか知らないなあ。あれ、ルスタム・カーツ『ソヴィエト・ファンタスチカの歴史』なんて本が出たの? ファンタスチカって、ロシアでSF・幻想文学のことを指すんだよね。いい機会だからこの本で無知を補うこととしよう。

 ソヴィエト初の空想科学小説はオボリヤニーノフの『赤い月』で、かのレーニンも夢中になった、と。粗筋が紹介されてて面白そう。訳されてないか後で調べてみよう。で、この小説がきっかけで生まれた作家集団が〈赤い月面人〉グループで、文芸誌『月の女神』を発行していた、と。グループに入れなかった三流作家クルグーゾフが、SFの枠組を借りた共産主義プロパガンダ小説『カタパルト』を発表すると、批評家たちからは酷評されたものの、スターリンから絶賛され、ベストセラーに。一九二九年三月に出た『プラウダ』紙に、スターリン自ら『カタパルト』をかばう記事まで寄稿していたなんてエピソードも。えっ、一九三四年の第一回全ソ作家大会でファンタスチカが重要議題になって、H・G・ウェルズまで登場したの?

 へえぇぇ……と感心して信じこんだわたしがすっとこどっこい。一九二一年から九三年に至るロシアSF史を、具体的な人名(写真や略歴付き)や作品(粗筋や挿絵付き)を挙げながら仔細に綴ったこの本は、偽書なのだ。ルスタム・カーツという作者は存在しないし、〈赤い月面人〉なんて文学グループが生まれたこともない。でも、この本を読めば、よほどのロシア文学通でもない限り信じちゃうはず。まことしやかの極み! 大きな嘘を完成させるための、ディテールの本当っぽさが超絶はんぱないのだ。真の作者ロマン・アルビトマンに脱帽。あなたのせいで、ロシアSF史に関する知識がさらに混迷の度合いを深めました。

新潮社 週刊新潮
2017年7月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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