舞台は基地の街 捻くれ者たちの冒険活劇
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
危く紹介し損ねるところだった五月中旬刊の文庫オリジナル長篇。実物をご覧になった人には、紹介が遅れたのは読むのに手間取ったからだろうといわれるかも。実際文庫とはいえ、上下巻で一四〇〇ページ超の大作だが、いちど読み始めたら一気にはかどること請け合い。厚さが気にならないリーダビリティ抜群の冒険活劇に仕上がっている。
物語は交番勤務の石渡(いしわた)秋彦警部補が警視庁勤務になるところから始まる。彼は元々優れた白バイ警官だったが、高い能力を見込まれ公安部へ異動。だが内閣情報調査室へ出向して秘密を背負ったことから疎まれ、交番に飛ばされていた。それが公安に復帰とはいかなる事情か。やがて内調時代の上司が事故死、彼も不穏な動きを感じるが、程なく隠れ右翼の新顔らしい江井(えねい)徹という青年の行動確認を命じられる。
といっても、本書はありがちな公安警察ものではない。主人公も石渡ではなく、彼の行確対象たる江井徹その人。バスの整備員でバイクが趣味の偏屈な二八歳。福島出身だが、自分と同様、周囲から浮いた土地である横須賀が気に入っていた。横須賀はペリーの黒船来航から軍港都市として発展してきたが、江井はお宝探し気分でその街の秘密に首を突っ込んだことから、正体不明の者たちに狙われる羽目になる……。
著者の趣味でもあるバイクを活かした交通アクションがふんだんに盛り込まれている。お宝探しと並ぶ読みどころであるが、その一方で捻(ひね)くれ者だが心に芯=真のある江井と脇役たちとの熱い人間関係劇にも注目。石渡はもとより、土木職人のジェイ、刺繍店の老主人雑賀孫蔵(さいかまごぞう)、元自衛隊のおかま葵、老舗バイク屋のボス鈴木雷太等、この土地ならではの「横須賀奴(やっこ)」たちのクセモノぶりが面白い。
もちろん表題が意味する謀略小説面でもリアルな肉付けがなされ、最後まで飽きさせない。厚さ抜きでも今期このジャンル最大の話題作だ。