やわらかい真実 倉本さおり

レビュー

3
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クラウドガール

『クラウドガール』

著者
金原ひとみ [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784022514448
発売日
2017/01/06
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

やわらかい真実 倉本さおり

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 誰もが自由にアクセスできる〈巨大なデータベース〉――「クラウド」とはよくいったものだ。記憶や情報とは本来、輪郭など持ち合わせない。必要なものを適宜取り出そうとすれば、前後左右の余白や文脈は自ずと切り捨てられることになる。

 つまり、真実とは常にやわらかいものなのだ。同じ記憶を共有していても齟齬が生じるのは、どちらかが嘘をついているわけではなく、そのやわらかさに裏切られているだけにすぎない。

 両親の離婚以来、名の知れた小説家の母親と共に、女三人で暮らしていた理有(りう)と杏(あん)の姉妹。二年前に母親が亡くなった後は、面倒見の良い姉と甘えん坊の妹のふたりきりで仲良く生活を営んできた――はずだった。物語は、この姉妹の癒着した愛憎関係を中心に綴られていく。

 姉の理有は二十歳の大学生。几帳面でしっかり者の合理主義、母親がいた頃から家事や役所まわりの手続きなどの実務的なことはすべて担ってきた。本人曰く〈人の記憶に残らない顔〉で、髪型も毎回同じボブで揃えている。一方、妹の杏は十六歳の高校生で、根っからの快楽主義、あるいは刹那主義だ。〈一度会ったら誰もが杏のことを忘れない〉人形のような顔立ちのせいか、男性経験もそこそこ豊富、大好きなダンスができる場所を求めて深夜の街をうろついたりもする。何から何までわかりやすく対照的な姉妹なのだ。

 そんなふたりにも共通している点がひとつだけある。それは、母親の死がすくなからず影を落としている点。彼女たちはその記憶を共有し、乗り越えることで、姉妹の絆を強めてきたのだ。ところが、両者のあいだで母の死因――つまり「記憶」それ自体が食い違っていることが判明し、ふたりの世界が大きく揺らぐことになる。

 冒頭の場面は、杏という人物の像を鮮烈に象徴している。彼氏の浮気現場を目撃した杏は、「この野郎!」と叫ぶや否やその襟首をひっつかみ、手に握ったスマホを側頭部に叩きつけた挙句、液晶画面が割れるまで(割れた後も)路上でそのままボコボコに殴りつける(!)。相手がなんと言い訳しようがお構いなし。その一連のよどみない行動に、忖度などという余地は一切介在しない。

 杏にとって重要なのは「いま、この瞬間」だけだ。実際、彼女は誰かと連絡をとる際にメールを使わず、スナップチャットという、やりとりの履歴が消えてしまうアプリをメインで使っている。〈「消えちゃうからその時を共有できるんだよ。リアルで一緒に楽しいことしてても、記憶にしか残らないでしょ?」〉――彼女にとって、現実とはけっして留まらず、目にしたそばから消えていくものだ。だからこそ、可愛いけれど誠実さを欠いた彼氏に何度浮気されても、ほどなくすればまた許してしまう。そして激しく後悔することになると知っているにもかかわらず。

〈杏は、時間が経つと人は別物に変化する、そこに連続性はない、と考えているのだ〉

 そんな杏の思考スタイルは、理有からすれば〈成長や進化というものを根本的に認めない〉〈知性や理性を重んじない〉不毛なものとして映る。〈今の延長線上に未来があるという考え方をしない〉――それは、物事の因果を重んじ、着実に思考を積み上げることで現実に対する理解を深めていこうとする理有にとって、自身の生き方を否定することにほかならない。彼女が杏に対して、愛着と同時に苦々しい思いを抱えている理由はそこにある。

 だが、そもそも理有の生き方や考え方は、娘である自分たちにわかりやすい愛情を注いでくれなかった母親に対する反駁で構成されている。〈「私は小説を書いている時が一番解放されていて、現実に向き合う時ほど絶望しています」〉――とあるインタビューで語った母の言葉が、理有の心にしこりとなって残っているのだ。

 一方、履歴など残さない杏は、父親の不在に対する拘泥はもちろん、母親から愛情を満足にもらえなかったという欠落感も持ち合わせない。常に「いま」の中で完結している杏にしてみれば、〈ママのマニア〉である理有の愛情は、「好き」という感情よりも、どこか〈執着心みたいなもの〉として映る。そのことが如実に表れるのが、終盤で明らかになる、理有と父親との架空の通話だろう。

〈私はもう、自分の中に保存された記憶や情報にアクセスしたり引き出したり更新したりしながら、ママを形作っていくしかない。そしてそのママは、もはや現実に存在したママとは全くの別物だ〉

 母親が亡くなった後も理解しつづけることを諦められない理有は、残された著作やインタビュー記事を読み漁るだけでなく、母親が読んでいたものと同じ本を読み、同じ映画を観て、同じ美容院にまで通いつめる。そうやってできるだけ多くのデータをかき集めることで、完全な姿を取り出そうと懸命にもがいているのだ。ところが、出来上がった母親の像は、杏のそれと微妙にずれているのみならず、最期の瞬間ですら一致しない。

 女だけの城の中で、長らく共依存のような形で互いの輪郭をつなぎとめてきた姉妹は、やがて幾人かの男たち――すなわち「他者」を交えることで、その像がけっして絶対的なものとはなりえないことを思い知る。それは、彼女たちがほんとうの意味で母親の死を乗り越え、互いの自立を促す契機となっていく。

〈今となっては、何が真実であったのかという議論には意味がない。私たちは中城ユリカの死因の中から、それぞれ別のものを採用したのだ〉

〈私たちにできるのは、どの情報を採用するかという選択だけだ〉

「それぞれ」の了見で採用する。つまり記憶というものは、厳密な意味では誰かと共有することなどできないのだ。母親に関する思い出も、自分自身の姿でさえも。

〈私たちは巨大なデータベースと共に生きていて、もはやそこから決定的な嘘も、決定的な真実も捉えることはできない〉

 タイトルにある「クラウド」とは、この〈巨大なデータベース〉という意味に加え、杏が極度の不安からパニックの発作を起こす際に、分厚い雲に覆われるような感覚をも指している。情報は溢れているのに確かなものが何ひとつない中、それでも何かを――自分にとっての真実だけを瞬間ごとに選び取っていかなくてはならないということ。姉妹の〈選択〉のありようは、いまを生きるすべての人の足元を照らす。

新潮社 新潮
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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