芸術家小説の現在 三浦雅士

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名誉と恍惚

『名誉と恍惚』

著者
松浦, 寿輝, 1954-
出版社
新潮社
ISBN
9784104717033
価格
5,500円(税込)

書籍情報:openBD

芸術家小説の現在 三浦雅士

[レビュアー] 三浦雅士(編集者、文芸評論家、舞踊研究者)

3

 吉田健一の小説はしばしば批評がそのまま小説になったようなものだと評されていたことを冒頭に述べた。時代や社会を克明に調べ上げて物語を編む小説家の気が知れないなどという私自身の僭越な言葉まで引いた。

 だが、考えてみれば事態はまったく逆だったのである。そもそも近代小説とは、『トリストラム・シャンディ』ほかの例を挙げるまでもなく、じつは、おしなべて小説のかたちをした批評であり、批評のかたちをした小説にほかならなかったのだ。それこそ『名誉と恍惚』が提示している問題なのである。神話や伝説、いわゆる語り部たちの物語が、近代小説の祖型なのではない。むしろ、批評こそが近代小説の祖型なのだ。批評が十全に機能するためにその背景として引き寄せる物語は、語り部たちの物語とはまったく違うものだったのである。

 粗筋は、松浦寿輝の小説が、小説のかたちをした批評であることを示している。『名誉と恍惚』が浮かび上がらせる魔都・上海――かつて『巴』では東京下町が引き寄せられたわけだがそれでさえもほんとうは上海であったほうがふさわしかったのではないかと思わせる――は、いわば、松浦の批評の手腕を発揮するためのひとつの背景にすぎない。むろん、その背景が主役に思えるほど魅力的であることは否定できないが、仕組としてはあくまでもそうなっているのである。

 すでに表題がその事実を端的に物語っている。「名誉」とは批評の謂いであり、「恍惚」とは詩の謂い――文学の、美術の、音楽の、舞踊の、演劇の、映画の、要するに芸術と言われるものすべてに通底する詩の謂い――である。『名誉と恍惚』とはしたがって、『批評と詩』、『批評と芸術』ということである。いわば芸術家小説の現在形なのだ。

 むろん、従来の芸術家小説の殻を大胆に破壊している。近代小説は批評から、すなわち人生の批評、社会の批評から始まったのであり、芸術家小説もまたその枠内にあるわけだが、『名誉と恍惚』は、芸術家ではなく芸術そのものを批評している。あたかも芸術の批評が芸術家をもたらすとでも言うように。たとえば、ハンス・ベルメールふうの人形を造る馮老人は、人体への批評からその仕事を始めているのだ。それを写真に撮影している芹沢は、その批評を批評しているのである。芹沢が係累のない単独者であり、帰属する民族のない混血児であるという設定――松浦が他の作品においてもしばしば用いる設定――がすでに、芹沢の思想の批評的性格を端的に示している。彼は誰に対しても、自分自身に対してさえも、他者なのだ。

 留意すべきは、この批評的性格が文体のすみずみまで浸透しているということだ。『名誉と恍惚』の文体は、ときに美術的、ときに音楽的、ときに演劇的である。他の表現手法を意識的に奪い取ろうとしているようにさえ見える。

 冒頭からして映画以上に映画的である。主人公の芹沢一郎が、小雨の中、外白渡橋(ガーデン・ブリッジ)を渡って、〈百老匯大廈〉に向かう場面。それに続く〈百老匯大廈〉十九階――当時東洋一と称された高層ビルの最上階――での嘉山少佐との、いかにも密会しているといった場面もそうだ。この印象はしかし、描かれている情景がいかにも映画にありそうだというところから来ているわけではない。そうではなく、俯瞰しては接写し、パーンしては回想の場面に接続し、さらにその細部――たとえばナイフ――を軸に再び現在に戻り、あらためて俯瞰して全景を映し出すといったその技法がまさに映画的なのである。

「一九八七年九月二十三日」――すなわち半世紀後のことだ――と題されたエピローグにしてもそうだ。まるで、クレジットタイトルが長く続く、その背景の映像のように見える。

 作者が映画の手法について十分に意識的なことは、映写技師としての芹沢が美雨の主演した映画について感想を述べる場面――卓越したスター論――などに公然と示されているが、しかし意図的にカメラのレンズの移動を模倣する個所などはむしろ舞踊や演劇の批評に接近している。たとえば、美雨をエスコートしながら連れて来たジャズクラブに、乾が偶然――ではないことが後に分かるのだが――入ってきて、芹沢は美雨を乾にどう紹介していいか困惑してしまう、その乾と芹沢の面前で、美雨が見事に娼婦に変身してみせる場面など、典型的である。

 煙草を揉み消した美雨(メィユ)はまず、左手の手首にぴったりと嵌めていた銀の腕輪(バングル)を外してハンドバッグに仕舞い、その左手をてのひらを上にしてさりげなく卓の上に伸ばした。幅広の腕輪(バングル)で隠されていた手首の内側が剥き出しになり、そこには赤と青で巧緻に彩色された縦横一・五センチほどの蝶の刺青があるのが見えた。乾にも見えたはずだ。それから、ゆるゆるとした動きで紗のカーディガンを脱いで膝にのせた。肩、腕、咽喉もと、胸の上部の真っ白な肌が芹沢の目を射るようにいきなり輝き出す。次いで、ことさら身をくねらせたようにも見えないのに、ドレスの肩紐の一方がするりと肩から落ちた。美雨(メィユ)はすぐさま肩に掛け直したが、完全には元に戻らず、斜めにずれた位置にとどまり、それでとくに肌の露出が大きくなったわけではないが、肩紐が片方だけずれていることがそれだけで思いのほかだらしない、ふしだらな印象を醸し出す。乾は言葉を咽喉に引っ掛からせるようにして一瞬黙った。(八、縫いものをする猫たち)

 映画ではない。ここでは、読者は舞踊を見、演劇を見ているのである。私は坂東玉三郎のことを思わずにいられない。この舞踊の名手は、私の眼前で、首の傾げ方ひとつで十代、二十代、三十代の女性に変身することができることを示してくれたのである。二十年ほど前のことだが、魔法を見る思いだった。この描写はそのときの驚きを鮮明に思い出させる。

 だが、『名誉と恍惚』の核心に位置するのは、言うまでもなく「恍惚」である。「名誉」は地表だが、「恍惚」はこの小説のマグマ、原動力なのだ。とはいえ、頻繁に現われるわけではない。むしろただ一度だけ現われると言ったほうがいい。乾を殺して潜伏し、苦力となって病に倒れ、それがやや回復したときに芹沢は、夢と現のあいだを彷徨うように、それを体験する。

 次いで、不意に、吹きつけてくる川風に引っさらわれてどこか遠くへ、「外」へ吹き飛ばされてゆくような陶酔が来た。ほとんどそれはアナトリーとの性戯の頂点で体験しためくるめくような快楽に似た何かだった。いや、それ以上に強く激しく息苦しい、生まれてからただの一度も味わったことがないような恍惚だった。芹沢は、世界はこんなに露わに、真新しく、なまなましく粒立っているのかと吃驚し、その驚きの中へ自分をやすやすと解放しながら、あのもう一人の芹沢に身体と魂を同期させつつ目を瞠り、また耳を澄ました。強烈さという点では比べられても、性戯のときの快楽のように、官能の昂ぶりのただなかにうっとりと身を溶けこませてゆくわけではない。そうではなくて、粒立ったものたち、音たち、においたちの一つ一つに注意を向け、その現前をおれとはまったく無縁の何か、おれの身体からは隔絶した何かとしてくっきりと知覚する。おれが今していることはそれだ。その知覚の鮮烈と明晰が――鮮烈きわまる明晰それ自体が恍惚なのだ、戦慄なのだ。(十六、呉淞口)

「もし芹沢が信仰を持つ身であれば、この恍惚を祈りという言葉で言い換えたくなったかもしれない」と作者はさらに書き継いでいるが、この一節が小説の核心に位置することは、作者の書き方からしても明らかである。逆に言えば、作者はこの瞬間を中心に含む何かを書きたかったために『名誉と恍惚』を仕上げたのである。

 この瞬間は、まず予感として、馮老人の家で知り合ったロシア人の少年アナトリーとの性戯の体験として描かれ、さらに追憶として、美雨と、馮老人の秘書とも言うべき洪(オン)との三人で繰り広げられる性戯の体験を通して追体験される。疑いなくそれは生と死の中間に位置するエロスの体験なのだが、予感と追憶のあいだに位置する至福の体験そのものは、性というよりは、世界との直接的な交感とでもいうべきものなのだ。ほとんど、仏教に言う悟りに近い。

 これを詩的体験の原形質、あるいは詩の元素と言っても、許されるだろう。作者はこの詩の元素を――生命へのひとつの批評として――提示するために、一九三〇年代末の上海をその背景に持ってきたのである。まるで必然であるかのように、詩の元素と上海という背景はそこで互いに響き合い照らし合っているのだ。内に秘めた詩が輝き出て長編小説の全体を光の靄で蔽っているのである。

 まず、詩すなわち恍惚の瞬間がある。永遠の一瞬、あるいは永遠の現在と言ってもいい。謎というほかないその瞬間を解明しようとするのが批評であり、それは名誉の問題なのだ。だが、批評は分析しようとして、やがてその手を緩める。むしろ生け捕りにすべきではないかと考えるからだ。それこそ最大の批評ではないか、と。こうして小説が生まれる。『名誉と恍惚』は、芸術と称されるものの構造、いわばその弁証法を浮き彫りにしているのである。

 芸術家小説の現在という理由だが、ここではしかし芸術家とはそのまま人間のことにほかならない。

新潮社 新潮
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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