『ちいさい言語学者の冒険』 広瀬友紀著

レビュー

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『ちいさい言語学者の冒険』 広瀬友紀著

[レビュアー] 清水克行(日本史学者・明治大教授)

実は奥深い言い間違い

 わが家の長男は4~5歳頃、「蚊に刺された」というのを、よく「かに(・)に刺された」と言っていた。同じく次男は「蚊が来た」を「かがが来た」と言っていた。どちらもわが子特有の言い間違いだと思っていたが、本書によれば、これは幼児期によく見られるものだそうだ。そもそも1拍の語はどこまでが単語か判然としない。そこで幼児は単語の境界をずらしたり、助詞の音を重ねたりして未知の言葉を把握しようとする。本書は、そんな幼児の可愛(かわい)らしい言い間違いを手がかりに、人間が言語を獲得する過程の試行錯誤や、「ことば」の奥深さについて、分かりやすく解説してくれる。少々前に刊行された本だが、この話を読書委員会の二次会で披露したところ、子育て経験者には思い当たる話が多いらしく、意外に好評だった。

 他にはこんな話も。「タに●をつけるとダ。じゃあ、ハに●をつけると?」という質問を幼児に投げかけると、意外に「バ」と答えられずに黙ってしまう子が多いという。しかし、実はこれ、子供のほうが正しい。なぜなら、「タ」や「サ」の有声音は「ダ」や「ザ」であるが、「ハ」の有声音は「バ」ではないのだ(信じられない人は、「タ」や「サ」に濁点をつけるときの口のなかの動きと、「ハ」に濁点をつけるときの口の動きを比べてみてください。違うでしょ?)。

 私たち大人が当たり前と思っている事柄が無垢(むく)な子供たちの言動によって次々と覆されていく。なるほど、子供は「ちいさい言語学者」だ。小さいお子さんのいるお宅は、本書を片手に、いろいろと試してみると楽しいかも。

 ちなみに、我が家で『うんこ漢字ドリル』に精を出している小2の次男に「ハに●をつけると?」と訊(き)いてみた。残念ながら、返ってきた答えは、そっけなく「バ」。子供が「ちいさい言語学者」である時期は意外に短いようだ。実験するなら、どうぞお早いうちに。(●は濁点)

 ◇ひろせ・ゆき=電気通信大を経て現在、東京大准教授。研究分野は心理言語学、言語処理。

 岩波書店 1200円

読売新聞
2017年7月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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