『医療者が語る答えなき世界』
書籍情報:openBD
文化人類学の視点で医療現場を観察
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
この数年間で二度、患者の家族として大病院に通った。二か所とも有名な病院だが、ストレスまみれになった。病院ごとに、さらには診療科ごとに「してもいいこと」「しなくてはいけないこと」「する時は許可を必要とすること」などのルールが異なる。こまかいルールは開示されず、だれかに聞くしかない。知らずに違反すれば咎められるし、「なぜ」と問うことは許されない。医療者側と患者側の常識は乖離している。
それに対して、医療関係者や病院の問題点を指摘したり、患者の自衛方法を伝えたりと、いろいろなアプローチがあるが、この本のやり方はユニークだ。磯野真穂『医療者が語る答えなき世界』は、医療者側と患者側の意識や常識のズレを、文化人類学者が観察する。医療の専門家でもなく、患者でもない。文化人類学者とは、予断なしに観察する人たちなのである。
こっそり甘いものを食べたと、末期癌患者を強く責める看護師。機械を使った入浴を怖がる老女を「泣いている場合じゃない」と叱るケアワーカー。どちらも大問題なのだが、著者はずっと判断を保留したままインタビューを続ける。それでこそ見えてくるはずの、「患者が医療者の未来を書き換える可能性」を探して。
新書は「ファスト」な解決策の提案を得意とするメディアと思われがちだが、ちくま新書ほかいくつかのブランドは、はっきりと「スロー」の方に舵を切った。この変化がもたらす恵みは小さくない。