『信長嫌い』 天野純希著

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信長嫌い

『信長嫌い』

著者
天野 純希 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103336624
発売日
2017/05/22
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『信長嫌い』 天野純希著

[レビュアー] 清水克行(日本史学者・明治大教授)

「被害者」たちの物語

 本書の主人公たち7人、全員知っていたら、あなたはかなりの戦国マニアだ。わずかな誤算で桶狭間(おけはざま)の露と消えた今川義元はともかく、姉川の戦いで闘死した真柄(まがら)十郎左衛門。城を追われたのち諸国を流浪し、結果的に次世代まで生きながらえてしまった六角承禎(じょうてい)。天下人の子でありながら信長に屈服した三好義継。無能の烙印(らくいん)を押されて父子で織田家中を追われた佐久間信栄(のぶひで)。信長によって郷里を滅ぼされた伝説の伊賀忍者、百地丹波(ももちたんば)。偉大な祖父信長の幻影を背負い続けた三法師(さんぼうし)こと織田秀信。

 本書は、織田信長によって人生を狂わされ、「負け犬」の屈辱を味わわされた男たちを主人公にした七編の短編小説からなる。その顔ぶれは、さしずめ「信長被害者の会」といった趣(おもむ)きだ。しかし、本書には、肝心の信長はほとんど登場せず、終始、凡庸な主人公たちの目から見た信長像が描かれる。彼らから見た信長はほぼ全知全能の神、絶対的存在であり、彼らはどう足掻(あが)いてもそれを越えることはできず、逆におのれの二流さ、三流さを思い知らされる。

 信長と同じ時代にさえ生まれなければ、こんな苦しみを味わうこともなかったのに。彼らは血の涙を流してその最期を迎えるのかと思いきや、運命を受け入れた主人公たちのそれぞれのラストシーンは意外なまでに清々(すがすが)しい。そう、本書は月並みな戦国英雄伝でもなければ、お涙頂戴の不運の武将悲話でもなく、神ならぬ身である「ふつうの人たち」が等身大の人生をそれぞれに全うしていく物語なのだ。信長の役回りは主人公たちにそれを気づかせる、いわばトリックスターと言ったところか。

 井上ひさしの小説に、吉良邸討入りに加わらなかった赤穂浪士の銘々伝『不忠臣蔵』(集英社文庫)があるが、本書の読後感は、それに近い。歴史に名を残さなかった人々にも、それぞれに事情があり、ドラマがある。そこに温かい眼(め)を向ける著者のヒューマニズムに共感した。

 ◇あまの・すみき=1979年、名古屋市生まれ。2013年『破天の剣』で中山義秀文学賞。『戊辰繚乱』など著書多数。

 新潮社 1700円

読売新聞
2017年7月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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